平静の祈り ラインホールド・ニーバーとその時代

魅力的でユニークな書 〈評者〉髙橋義文

平静の祈り

平静の祈り
ラインホールド・ニーバーとその時代

エリザベス・シフトン著
穐田信子訳
A5判・360頁・本体4500円+ 税・新教出版社
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魅力的でユニークな書が訳出、出版されたことを喜びたい。本書の魅力とユニークさは、まず、有力な出版社で活躍した著名な編集者であった著者エリザベス・シフトン(一九三九―二〇一九)が、二十世紀を代表するアメリカの神学者ラインホールド・ニーバーの娘であることにある。ニーバーのよく知られた「平静の祈り」の背景と想い出を縦糸に、父ニーバーをめぐるさまざまな出来事と各界の著名人たちとの交わりと、第二次世界大戦中のヨーロッパをも含むその時代の世界の動向を横糸に、エリザベスの目に映った二十世紀後半の景色が独特な筆致で生き生きと表現されている。さらに、本書には、父ニーバーを慕う思いがにじみ出る暖かい描写と、世界の動向に対する鋭い洞察とが、せめぎ合うように息づいている。そして何より、ニーバーが一九三二年から一九五五年までマサチューセッツ州ヒースに所有していた別荘「ストーン・コテージ」(訳書では「石のおうち」)と、ヒースの土地柄へのエリザベスの哀惜の念が全巻を通じて伝わってくる。ニーバーが有名な「平静の祈り」をささげたのは、一九四三年の夏、この山村の教会の礼拝においてであった。この祈りについては、その歴史や作者や文言をめぐってさまざまな誤った情報が錯綜してきたし、それは今も変わらない。それらの情報を批判するエリザベスの激しい口調は、エリザベスがいかに父の祈りの言葉を大切にしてきたかの表れであろう。この祈りについて本書に特徴的なのは、それを実存的個人的な意味よりもそれを踏まえてではあるが、一貫して「困難を極め、分断された時代における数々の闘争と危難」とりわけ「同盟国が枢軸国に勝利する見込みも定かではなかった」戦中の状況を背景として、受け止めていることである。「この祈りの歴史的意味を、荒れ狂った今世紀の最大の悪のひとつに対して起こされた戦争と、切り離して考えることはできない」からである。しかしその上で、エリザベスは、この祈りの根底には、この祈りをささげるほんの一年前に出版準備されていた『人間の運命』の結びに置かれた次の言葉があると主張した。「われわれの最も信頼できる知性は『恵み』の果実である。この恵みにおいて、信仰は、その確かな根拠を知識として所有していると偽ることなくわれわれの無知を満たし、この恵みにおいて、悔い改めは、われわれの希望を損なうことなくわれわれの傲慢を軽減するのである。」言わば、「平静の祈り」がニーバーの《恵みの神学》に根差しているということであろう。正鵠を射た注目すべき視点と言ってよい。本書は、ニーバーが交流した驚くほど多くの人々の群像を、エリザベスの眼から多彩に描いている。そこには、特にボンヘッファーと大戦中の活動をめぐるかなり詳細な記述や、ニーバーの学生だったM・ホートン(南部のハイランダー・フォークスクールの創立者)への懐旧も含まれる。また、ニーバーの親友A・ヘッシェルに触れて、エリザベスは、「ヘッシェル―ニーバーの親和力が引き起こす化学の魔法」を理解し、それに感謝していたひとりがマーティン・L・キングであったとも言う。ニーバーの公民権運動への隠れた影響を示唆する指摘である。一方、本書には、娘ならではのニーバーの個人的な情報も豊富である。たとえば、父は讃美歌を「完全に外れた音程」で勢いよく歌っていたとか、「あの気の短い父」といったくだりにはほっとさせられる。あるいは、ニーバーがその創立者の一人となった政治団体「民主的行動のためのアメリカ人」(ADA)の主要メンバーとのニーバー家での交わりは、「弁の立つアンガージュマン的いとこが大勢いる大家族のよう」だったとも言われる。ニーバーが政治世界の友人たちに慕われていた様子が垣間見られるひとこまであろう。本書は、ニーバーにサイドライトを当てた、それも娘の立場からなされた、ユニークな著作である。それ自体独特の光を放っているが、同時に、ニーバー研究にとっても必須の文献であることは言うまでもない。巻末の、安酸敏眞教授による「解説」も、ニーバー家の情報の数々に加えてニーバーの恵みの神学への深い考察が込められていて、魅力的である。

(たかはし・よしぶみ=聖学院大学総合研究所名誉教授)

書き手
髙橋義文

たかはし・よしぶみ=聖学院大学総合研究所名誉教授

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