父は本が好きな人だった。細菌学の研究者として製薬会社の研究所で働いていたが、それにかかわりなく、家には様々なジャンルの本がつまった本棚が並んでいた。文学、美術、音楽の本、文庫本に新書本、その時々に話題になった本。父は若い時から書店で、興味や関心を持って読みたいと思った本を、次々に買っては読んでいたそうだ。そして、面白かった本については、周囲の人たちに感想を話したり、勧めたりしていたという。
父の本棚に囲まれて育ったわたしは、そこにある本の背表紙を眺めているうちに、世界中の作家や画家の名前、書名や作品名をいつの間にか覚えてしまった。読んでもいないのに、たくさんの本を身近に感じるようになり、そのうち自分にも読めそうな本を探して、のぞいて見るようになった。挿絵があると思って読んだら宮沢賢治の本で、それ以来大好きになったり、たくさんあるキリスト教関係の註解書や神学書を眺めているうちに、妙に神学者の名前に馴染んでしまったりしていた。
父が亡くなってから、家族の生活の形も大きく変わり、多くの本を手放さなければならなくなった。けれども、父が若い頃に買った、戦前や戦後のボロボロになった古い本の何冊かは捨て難く、今もわたしの手元にある。戦後昭和二十三年に発行されたアテネ文庫は、父の本への思いを聞かされた記念の一冊だ。わら半紙に印刷された本当に薄いその本の最後のページに「アテネ文庫刊行のことば」がある。戦後の貧しい日本にあって「最低の生活の中にも最高の精神が宿されていなければならぬ」とそこにある。どんなに困窮しても、精神が貧しくならないように、そのため本の出版に努力した人々、それを買って読んだ人々がいて、今がある。自由に本を買い、読むことのできた父は幸せだった。そして、父の本棚から本を読む楽しさや豊かさを教えられたのは、大きな宝だと思うのだ。
(こばやし・ようこ=日本基督教団八戸小中野教会牧師)
小林よう子
こばやし・ようこ=日本基督教団八戸小中野教会牧師