ここのところ熱心に追いかけているのが「明治以降、アメリカ発のキリスト教文化は男女関係にどのような影響を与えてきたのか」というテーマ。近代日本の「恋愛」を扱う多くの研究書はキリスト教の影響に言及するが、たいてい、「キリスト教」も「欧米」も十把一絡げである。私は、一八七〇年代以降、アメリカ発の女性によるプロテスタントの伝道事業を通じて持ち込まれた「愛に基づく結婚」のアイデアが、日本社会に広がっていった道筋を示したいと考えている。
その関心から、石坂洋次郎の『若い人』を最近読んだ。函館の遺愛女学校と目されるミッション・スクールが舞台になっているからだ。石坂にその着想を与えたのは妻うらだろう。彼女は、弘前教会に通い、牧師と婚約し、「横浜聖書学院」ーメソジスト繋がりなら聖経女学校か、名前からすると共立女子神学校?ーに進んだ。都会で同郷の洋次郎と出会い、結婚。牧師との婚約は破棄し、棄教した。教会は、弘前という田舎の城下町で唯一堂々と男女交際ができる空間だったことにうらは惹かれたという。そして、うらが教会や横浜で得た情報を石坂は吸収したらしい。
『若い人』は、新旧混合の淫靡な世界を展開する。キリスト教、天皇、教育勅語、皇居、靖国神社、軍人や警察官、賛美歌、唱歌、遊所の音曲、混浴、マルクス主義、畜妾、嫁選び、処女膜、純潔、操行、マリアの受胎告知、教師と生徒のセックス等々。日本的な性の許容と宣教師的な禁欲が雑然と提示される。主人公は、皮肉は言うが、どれも否定も肯定もせずに現状に漂う。女子大出の女教師=近代と、水商売の母子家庭出身の生徒=土着の間を右往左往したあげく、最終的に前者と出奔する。
この小説は、一九三七年のベスト・セラーである。戦争一色という印象が強いその当時、大混乱の男女関係、そこに秘められた新旧の混在と葛藤があったということだろう。アメリカ系のミッション・スクールはその葛藤の格好の舞台を提供すると想像されている。
(こひやま・るい=東京女子大学現代教養学部教授)
小檜山ルイ
こひやま・るい=フェリス女学院大学学長
- 2023年6月1日
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