児童文学に長く関わり、多くのすぐれた物語や絵本に出会ってきましたが、何といっても思い出深い一冊の絵本は『こいぬのうんち』(平凡社)なのです。韓国の児童文学者権正生の物語にチョン・スンガクが絵を描いたこの一冊を日本で出版するため、翻訳者で在日の作家卞記子さんと私は文字通り東奔西走して、ようやく平凡社からの出版に漕ぎつけたといういきさつがありました。「こいぬのうんち」は1969年韓国の第一回キリスト教児童文学賞を受けた、権正生の初期の作品で、主人公は子犬が石垣の隅にした小さなうんち君です。「汚ったねえー」とみんなに蔑まれるだけのうんちが、たんぽぽの芽と出会い、地中に溶けて養分となり、やがて春の日にきれいな花を咲かせます。最も低くせられているものが大きな愛の力を発揮する物語です。
やさしくほほえむ たんぽぽのはなには こいぬの
うんちの あいが いっぱいいっぱい つまっているのでした(卞記子訳)
チョン・スンガクの絵は、地中で分解され生命を育てる力になっていくうんちを幻想的に描いています。
1937年生まれの権正生は、生涯、肺結核などの病苦とたたかいつつ、安東のキリスト教会の鐘撞きとして教会の一隅に住み、日曜学校の教師もしながら、貧しい生活の中で多くの童話を書き続けたのでした。作家李五徳たちの推挙により作家としての道が開け、『モンシル姉さん』や『わら屋根のある村』などの長編も日本でも紹介されています。いつも、困難な状況にある子どもたちに目を注いでいた作家でした。著作の印税を使わずにとっておき、貧困や戦火の中にある世界の子どもたちのために使ってほしいと遺言し、権正生は2007年に世を去りました。
お隣りの国のすぐれた児童文学作家であり、キリスト者であった権正生とその作品を知っていただければ嬉しく思います。
きどのりこ
きど・のりこ=児童文学作家