人生の最善手を求めて……
〈評者〉遠藤龍之介
だから私は、神を信じる
加藤一二三著
四六判・116頁・本体1200円+税・日本キリスト教団出版局
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加藤先生は私の将棋の恩師です。弟子を採られなかった先生の唯一の弟子と自分では自慢しておりますが、我が家との出会いの頃からお話を始めていこうと思います。
もう半世紀も前の事ですが、当時私の父(遠藤周作)が朝日新聞に連載をしており先生が同社の嘱託をされていた関係で、文芸の担当者を介して紹介をされたようです。
先生はそのころからキリスト教に興味を抱かれていたようで、ご縁が繫がって入信される事となり確か父が洗礼の代父をやらせて頂いたのではなかったかと思います。
私はと言えばそのころ中学生になったばかりでしたが、将棋に興味を持ち始めてクラスでは敵無しの状態、強い相手を求めて街の将棋道場に通う毎日でした。まあ強いと思っていたのは本人だけで、今振り返ってみればアマチュアの初段あるかないかという所ですから子どもの思い込みというのは恐ろしいものです。
詳しくは知らないのですがきっと父がお願いしたのでしょう、ある時から月に一回先生が家に来て下さり将棋の指導をして頂く事になりました。当時A級八段のバリバリ、いつ名人挑戦者になってもおかしくないという状態でしたから今になって考えるとさぞかしご迷惑だったのだろうと思いますが、代父の頼みを中々断ることが出来ずにきっと無理をなさってお引き受けくださったのだろうと思います。
もちろん中学生の子どもにはそんな事は理解できるものではありませんが、突然訪れた幸運が嬉しくて堪らずレッスンの時間は夢の中にいるような気持だった事を今でも鮮明に覚えております。
個人指導は二年間位続きましたが、将棋の基礎的な考え方、また本筋とは何かという事をじっくり時間をかけて教えて頂いたのは私にとって大きな財産となりました。この歳になっても趣味は将棋ですと胸を張って言えるのは本当に先生のお陰であると深く感謝を申し上げたいと思います。
さて本書はそんな加藤先生が自らの信仰について深く語られたものです。信仰者にとっての神様がその人の年齢や、人生の局面において様々な表情を見せてくださる事が、ご自身の体験をもとに生き生きと描かれています。私はサラリーマンで職業が違いますが、神様は人のそれぞれ置かれた状況によって本当に貴重な経験やアドバイスを下さるものなのだなァ、とやはり思いますし、改めて六十数年の自分の人生を振り返ってみましても同じような精神的な体験があった事に驚かされる次第です。
ここから先は私の勝手な推測で間違っていたら申し訳ないのですが、先生は当初、最善手が求められる厳しい勝負の世界の中でより素晴らしい一手へのお導きを求めて入信されたのではないかと思います。然しながら年齢を重ねられるにつれ単に将棋を離れて人生の最善手を求められるようになった、そしてついには神の大きな意思を感じられる段階に到達されたように思えます。
私ももうかなり長い間生きて参りましたが、先生の段階までには到底至っておりません。
この御本をこれからの心の拠り所として行きたいと考えております。
遠藤龍之介
えんどう・りゅうのすけ=株式会社フジテレビジョン代表取締役社長兼COO