滝沢克己の精髄・哲学することを語りかける良書の復刊
〈評者〉小林孝吉
人は、古今東西その年齢を問わずに、だれもが人生の根本問題に逢着する。その問いは、この一回限りの生をどこまでも人として、他者とともに、真に幸福に、自由に愛し生きたいという生命の芯の望みと結びついているのであろう。
宮沢賢治と芥川龍之介から一字ずつとり「賢介」と名づけられた、当時一二歳の少年は、元九州大学教授・滝沢克己(一九〇九~一九八四年)の中学生の孫である。中学生になって、ほとんど笑うこともなくなった、所沢に住む賢介は福岡の祖父・克己に、一枚のハガキを出した。「おじいちゃんに聞きたいけどキリスト教や仏教とはどういうことが言いたいのですか。(中略)人間が生きるためなら、動物を殺しても仕方ないのですか? 後、人間は何のために生きてるのですか。後、死んでもたましいは残りますか」(滝谷美佐保「編者あとがき」)と。
滝沢は、戦前に西田哲学からバルト神学へと、ナチズム下のドイツ留学を経て、山口高商で若き学生たちに哲学・倫理を講じ、戦後は仏教とキリスト教、六〇年代には大学闘争にも関与し、神学、哲学から文学、経済学へ、最後は身心論、純粋神人学まで至った神学者・哲学者である。そこには、バルトが『ローマ書』で指し示した「イエス・キリスト」(神人の原関係)=「インマヌエルの原事実」(神われらとともに在り)が生き、生命の水の河が地下水脈のように流れるとともに、一人のキリスト者の生涯がある。
克己は、賢介が直面した人生への問いと向き合い、八二年八月から八四年四月、中学一年から三年生まで、最晩年に孫へと宛てた七通の手紙を書き送った。世の人が顧みない難問を問う賢介への返信が、八三年二月八日付の手紙である。克己は、人間の生きる目的、キリスト教や仏教の真実、ナザレのイエスとインドの釈迦の生涯、動物と人、物の絶対の平等性、神の空間で生きることなど、すべての根本に、初めの時から終りの時をつらぬく「生命の真理」=「神の愛」─ ─インマヌエル!─ ─の実在を愛情こめて書き表そうとする。それは孫へ、此処に生きるすべての人へと告げる「いのちそのもの」の言葉(道)なのだ。「心安かれ!」「汝の罪ゆるされたり、起ちて歩め」と。
祖父の克己にも、賢介と同じような体験があった。真夏の午後に、中学一年の学校からの帰路、小川で老農夫が水車を踏んでいたのを見たとき、ある不可解な問いに襲われた。このおじいさんは、水車を踏んでいったい何処に行くのだろう、と。その六〇年後、死の一年前に、克己は手紙にこう書く。「いのちそのもの=それ自身生きている永遠の愛であり光であり力である何ものかとすべての人・一々の人との結びつきは、人間がそれを忘れて本当の主ででもあるかのように思い上る(58頁)罪のはたらきによって、一厘一毛といえども揺らぐことはありません」(八三年九月五日付)。
本書は、滝沢神学を知り、インマヌエルを無条件に「すべての人の成立の礎」とする独立伝道者・荒井克浩氏の「滝沢克己先生との出会い」と、「新版にあたっての編者あとがき」が新たに収められた新版として、SNS・AI時代を生きる若い人たちに、困難とともにあるすべての人に、この新「孫への手紙」は永遠の希望を伝えるであろう。













