キリスト教世界観を学ぶ古典的名著
〈評者〉岩田三枝子
アブラハム・カイパーの『カルヴィニズム』を初めて読んだのは、大学生の頃でした。東京基督教大学で稲垣久和教授の講義を通してカイパーのキリスト教世界観に出会い、その世界をもっと知りたいと思った私に、稲垣教授が勧めてくださったのが本書でした。後に母校で「キリスト教世界観」の授業を担当することになった際も、学生に紹介したい一冊として「おすすめ書リスト」に載せていましたが、長らく絶版だったことが残念でした。今回、日本カルヴィニスト協会の新訳として本書が刊行され、再び手に取ることができたのは喜ばしいことです。翻訳に携わられた方々のご労と情熱に、心より感謝申し上げます。
本書は、キリスト教世界観の父とも言えるアブラハム・カイパー(一八三七─一九二〇)が、一八九八年にアメリカのプリンストン神学校で行った「ストーン講義」の記録です。オランダの牧師家庭に生まれたカイパーは、神学博士号取得後、牧師として働き始めましたが、その活動は牧会にとどまらず、キリスト教新聞の編集長、下院議員、アムステルダム自由大学の創設、そしてオランダの総理大臣も務めています。「人間が存在している領域で、キリストが『私のものだ!』と宣言しない領域は一インチ四方たりともない!」というカイパーの言葉は特に有名です。神の創造された広く深い世界の隅々にまで神の主権を認めていたカイパーの情熱が、この『カルヴィニズム』にはあふれています。
本書は六つの講義から構成されます。⑴世界観としてのカルヴィニズム、⑵カルヴィニズムと宗教、⑶カルヴィニズムと政治、⑷カルヴィニズムと学問、⑸カルヴィニズムと芸術、⑹カルヴィニズムと将来。カイパーは全体を通して、カルヴィニズムが宗教の一部ではなく、世界全体を意味づける包括的な世界観であることを説きます。あらゆる領域において神の絶対的主権があること、社会の各領域が固有の権威と秩序を持つこと、そして科学や芸術を含むあらゆる分野が神の共通恩恵として尊ばれるべきことを語ります。カイパーはこうも述べています。「カルヴィニズムは神の御前において人間を神の像に似たものであるがゆえに尊ぶばかりか、世界をも神の被造物として尊び、(中略)世界からの修道院的逃避に代わって今やこの世界の中で生のあらゆる立場において神に仕える」(四九─五〇頁)。
一方で、現代の読者としてどきりとさせられる表現もあります。日本に言及する際、「狡猾な『黄色人種』がいかなる災いをもたらすかわからない」(二九一頁)との記述があります。注釈によれば、これは幕末からまだ四〇年足らずの日清戦争勃発の直後という時代背景を踏まえる必要があるとされています。カイパーも時代の文脈に生きた人物であったことを思うとき、私たち自身もまた今日という時代の制約の中に生きているという、謙虚な自覚を促されます。
カイパーの講義からおよそ一三〇年が経ちました。本書は、信仰が単なる宗教的営みにとどまらず、政治・社会・文化といった公共的領域においてもキリスト者がどのように生きるべきかを示す指針として、今を生きる私たちにも問いを投げかけてくれるものです。













