希望を捨てない九三歳の現役牧師の集大成
〈評者〉沢 知恵
1928年生まれの現役牧師、関田寛雄さんの最新刊は、牧会者、説教者、神学者、教育者、人権運動家として、生涯一貫して大切にしてきたことをまとめた集大成です。
書名は申命記三十四章から取ったもの。「モーセは死んだ時、120歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。」(口語訳)
巻頭の「『老い』を生きるための黙想」は、関田さんが九十歳を過ぎて月刊誌『福音と世界』(新教出版社)に発表したものですが、みじんも「老い」を感じさせず、文章の初めから終わりまでみなぎる「気力」に圧倒されます。
三部から成る第一部は、長年携わってきた「キリスト教学校人権教育セミナー」での礼拝説教や講演です。〈経済優先、生産第一、能率重視、人間性無視、強者の勝利、そして差別の構造的な悪の状況〉の中で、ミッションスクールという〈現場〉でたたかう志ある教師たちと〈使命〉を共有し、連帯を促します。具体的な一人ひとりと〈関わり続けることが、ある意味で言葉を超えた言葉になっていく〉と自らの体験を語り、キリスト教学校のみならず、すべての教育の原点に〈人権教育〉を据えるべきであると訴えます。
第二部は、母校であり教鞭をとった青山学院大学の『神学科同窓会会報』などに寄せた文章です。学園紛争と学内の政治的理由により神学科が廃科になっても、卒業生に対する責任を負って定年までとどまった関田さんが、かたちを変えて「神学科」の精神を存続させたことがわかる愛情に満ちたメッセージです。
第三部は、関田さんの真骨頂である濃密な説教論とヨハネによる福音書第一章の講解説教です。「言の受肉」への強いこだわりは、〈実存的信仰の共同体的展開〉なくして〈召命の課題に答える〉ことにならないと言い切る自戒をこめた痛烈な批判ともとれます。〈牧師は決して自己完結的になってはなりません。自己の相対性と他者への開放性を身に付ける必要があります。〉光と闇、国家権力、血縁、死、
あらゆるものを〈絶対化〉せず〈相対化〉することは、すべての人に生きるヒントを与えてくれるでしょう。
くり返し語られるエピソードに、読者は「またか」と思うかもしれません。川崎で在日コリアンの母子が夜中に駆け込んで来た話。在日大韓基督教川崎教会の李仁夏(イ・インハ)牧師の志を受け継ぎ、川崎市の「ヘイトスピーチ解消法」成立ま
でたたかったこと。アメリカ留学時代にキング牧師からもらった手紙の返事と〈敵意をなくすには愛するしかないのだ。だから黒人たちよ、白人の兄弟姉妹を愛そうではないか〉という説教のことば。いずれも自身を変えさせられた決定的な体験であったがゆえに、語り直されるたび、ジャズのテーマのごとく新鮮に感じられたのは私だけでしょうか。
〈土俵を割らない、対話をあきらめない、希望を捨てない。〉ちょっぴり過激な「小さな巨人」は、エールを送ります。〈イエス・キリストにある自由を希求する〉者はもちろんのこと、虚飾だらけのことばに空しさをおぼえるこの時代に、ノンクリスチャンにもぜひ出会ってほしい一冊です。
なお、本書はキリスト教書のみならず数多くの優れたブックデザインを手がけた桂川潤さんによる最後の作品となりました。ご家族、関係者のみなさまに主の慰めがありますようにお祈りします。
目はかすまず気力は失せず 講演・論考・説教
関田寛雄著
四六判・320頁・定価2200円・新教出版社
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沢知恵
さわ・ともえ=歌手・日本基督教団岡山教会員