第一人者による簡にして要を得た入門的評伝
〈評者〉水谷 誠
ここに邦訳された近代プロテスタント神学の巨人、フリードリヒ・D・E・シュライアマハーの生涯、その学問と思想を紹介した小著は、ハンブルクで組織神学を講じた故ヘルマン・フィッシャー教授(一九三三─二〇一二)が二〇〇一年にベック社から出したものである。まずはこの重要な著作が名古屋ハリストス正教会伊藤慶郎司祭によって邦訳されたことを喜びたい。
著者フィッシャーは、長年にわたってシュライアマハー研究を第一線で牽引してきた学者であり、その豊富な知見を背景にして、この思想家の全貌を抑制された筆致で、手際よく簡潔にまとめている。出版から四半世紀を経た今もなお、その間に目を見張る研究の進展があったにもかかわらず、類書は見当たらず、シュライアマハーに関心を持つすべての人々に今後の取り組みの基礎となる必須で重要な情報を提供している。実際、二〇一七年にモーア・ジーベック社(テュービンゲン)が重要なキリスト教思想家を扱う叢書の一つとして出した五〇〇頁を超える浩瀚な『シュライアマハー・ハンドブック』には三三名もの執筆陣が関連テーマを論述しているが(フィッシャー自身も研究史を担当した)、それを一人の著者で描き出すことができたところにフィッシャーの力量がよく表れている。
フィッシャーのシュライアマハーへの関心は早く、一九六〇年代にハイデルベルク科学アカデミーでH・G・ガーダマーを中心にして企てられたシュラアマハー全集(実現せず)の編纂に若手として加わったのを嚆矢とする。その後、彼はゲッティンゲンで共に学んだ盟友ビルクナーを代表として一九七二年以来キールで企画が進行し、一九八〇年から刊行が始まった批判版シュライアマハー全集(現在も刊行中、既刊は六八巻に及ぶ)の編纂に当初から参画し、同時にその作業に伴うさまざまな関連資料や個別研究類を収蔵する「シュライアマハー文庫」(三九巻刊行中)の取りまとめ役として、最新の編纂作業と研究を資料レベルから見渡してきたのである。
この著作は、彼の生涯の伝記的叙述と神学的哲学的著作群の内容案内の二つに分けられている。全体の三分の二を占める著作群の案内には、宗教理論を展開して古典的意義を獲得した処女作の『宗教論』をはじめとして、生前に公刊された著作類が要領よく案内されていて、とりわけ主著『信仰論』は、成立史やその構造、教義学史上の位置づけに注意を払いつつ、三〇頁を割いて紹介されている。読者はこの紹介を通して『信仰論』の全貌を概観することができるであろう
ところで、シュライアマハーは公刊した著述の他、大学での講義録(新約聖書釈義とそれに密接に関連する解釈学と批判、イエスの生涯、美学、心理学、教育学、国家論、弁証法、哲学的倫理学他)やアカデミーでの講演、プラトンのドイツ語訳などの学術関係、さらに亡くなる直前まで続けた礼拝説教も含めて膨大な原稿を遺している。本書を繙くことを通して、神学と哲学の体系的思想家としての側面、その人物やキリスト教信仰の内実について多くの学びがなされることを期待したい。いくつか気づいた誤植などは邦訳者の伊藤氏に伝えた。













