波乱に富んだ目をみはる生涯
〈評者〉立山忠浩
本書はライプツィヒ大学やエアランゲン大学などで教鞭を執ったエーリヒ・バイロイターによるニコラウス・ルートヴィヒ・フォン・ツィンツェンドルフ(以降ツィンツェンドルフと略す)の評伝の翻訳である。翻訳者は梅田興四男氏で、すでに『敬虔主義』(デイル・ブラウン、キリスト新聞社、二〇〇六年)、『ドイツ敬虔主義』(ヨハネス・ヴァルマン、日本キリスト教団出版局、二〇〇六年)そして『エルムート・ドロテーア・フォン・ツィンツェンドルフ伯爵夫人』(エリカ・ガイガー、リトン社、二〇一九年)の翻訳を出版されている。これらのタイトルから分かるように梅田氏の研究テーマは一貫して「敬虔主義」であるが、誤解と偏見に晒されて来た敬虔主義の理解を正したいという切なる思いが込められているように思う。それは使命感とも言い換えられよう。
本書ではツィンツェンドルフの生涯が丁寧に描かれている。ゆえに彼の神学あるいは敬虔主義の神学のことに多くの字数は割かれていない。その生涯は幼い時から波乱に富み、ヨーロッパ中(グリーンランドも含む)に留まらず米国までにも足を踏み入れる姿は驚きの連続である。人生のすべてを世界宣教のために献げた生涯は目を見張るものがある。
彼の活動はヘルンフート(あるいはヘルンフート兄弟団)での働きが最も知られているが、それがどのようにして造り上げられ、そしてその後どういう経緯を辿るのかまでは十分に知られていないのではないだろうか。ボヘミヤからのモラヴィア人亡命者たちを招き入れるためにヘルンフートの森を開拓し、そこに新たな居住地を造成したのである。その他に様々な避難民たちもヘルンフートには招かれてゆくが、周囲の理解を得ることは容易ではなかったに違いない。しかし様々な困難の中で実現してゆくのである。
結局のところツィンツェンドルフとはいったい何者だったのか。この問いが評者の中にとどまり続けた。本書の副題が「ドイツ敬虔主義の巨星」とあるように、類まれな才能を持ち合わせていたことは間違いない。語学に堪能であり、人々を対話で説得する能力に長け、困難な状況に陥っても乗り越えて行く。帝国伯爵という高位を受け継ぎ、それを誇りともしていた。三十四歳でテュービンゲン大学の付属教会の説教壇に立つことが許されたが、帝国伯爵の特権を放棄することなく、宮廷生活を続けながら自らを「巡礼教団」と呼んだ。これだけでも特異な存在であった。ただ彼はルター派に立ち続けようとした。事実「アウグスブルク信仰告白」を受容していた。しかしそこに立ちながら敬虔な信仰や世界宣教の道を広げてゆく。ゆえに「アウグスブルク信仰告白」の否定ではなく、さらなる解釈、展開、信仰表現だったように評者には感じられたが、後はそれぞれの判断に委ねよう。
梅田氏は評者の神学生時代から旧知の仲で、すでに牧会者であったが(ルター派ではなかったが)、日本ルーテル神学校で受講されていた。牧会の体験から多くのことを教えていただいたが、その頃から真の求道者であったことを思い起こす。これまでの翻訳に加え『ツィンツェンドルフの神学』(仮題)を出版準備中と聞く。ツィンツェンドルフの宣教への飽くなき情熱は、きっと同氏の使命感に受け継がれているのであろう。是非読んでいただきたい良書である。













