ブラジルと日本をつなぐ
〈評者〉大澤秀夫
小井沼眞樹子宣教師(マキコさん)が、ブラジルから支援者に書き送った「サンパウロ通信」「オリンダ通信」「SALVADOR」が纏められ、一冊の本になりました。ラテンアメリカと日本の教会をつなぎ、私たちに新しい視界と展望を与えてくれる、贈り物とも言うべき書物です。
マキコさんのブラジル宣教
「はじめに」では、誕生から宣教師となるまでが簡潔に記されます。若い日の教会生活、國光さんとの結婚、お母さんの介護、一九八六年から五年間のサンパウロ駐在生活、ブラジルで与えられた第二の回心、献身の決意と学び。
第一部「サンパウロ編」は、一九九六年から二〇〇六年までのサンパウロ福音教会での活動です。一〇年後、マキコさんは病を得た國光さんと共に帰国し、同年、國光さんは天に召されます。第一部の追記「小井沼國光の旅立ちに際して」を読む者は、國光さんの遺志を受けとめ、ブラジルに向かうマキコさんの深い思いを感じ取ることでしょう。
三年後、マキコさんは単身でブラジルに向かいます。第二部の「ノルデスチ編」は、ブラジル東北部の都市、オリンダとサルバドールにおける、二〇〇九年から二〇二一年までの活動報告です。
ただ、そこに居なさい
本書を纏めながら、マキコさんは「神の手によるジグソーパズル」というイメージを思い浮かべます。たくさんの人が自分たちの道のりに同伴し、支えてくれた。ひとつの出来事が欠けても、それは完成しない。自分たちの辿った宣教生活はそのようなものだった。じっと自分の場所に居て、待つ内に、神の手の内にある完成図が現れる。
書名の『ただそこに居なさい!』は、恩師の関田寛雄牧師から贈られた言葉です。マキコさんの宣教活動を支え、その生き方を表す言葉になりました。
筆者が初めてマキコさんにお会いした頃、マキコさんは男の子たちを育てながら、お母さんの介護を担っていました。お母さんを天に送った翌年、國光さんがブラジル転勤になり、家族でサンパウロに移りました。それがマキコさんたちの生涯の転換点になりました。
街で出会った一人の貧しい女性を見過ごしにしてしまったことが心に突き刺さり、「お前は本当にキリスト信者なのか?」と問われる思いに迫られました。そこから、マキコさんはついに「ブラジルに行って苦しんでいる人々に仕えなさい」という招きを聴いたのです。自分がいるその場所に留まって、そこで示される課題を、身をもって引き受ける、それがマキコさんの生き方です。
ブラジルと日本をつなぐ
ラテンアメリカと日本の間にキリスト教信仰に根差した連帯関係をつくることを目指して一九九七年、マキコさんと國光さんはブラジル研修旅行を始めました。二〇二四年までに一一回、合計二四名がブラジルを訪問し、筆者は二〇〇八年に参加する機会を得ました。國光さんの遺志を受け継いで、「ラテンアメリカ・キリスト教ネット(ラキネット)」が発足したのは、二〇〇六年のことです。
マキコさんは二〇二二年に隠退し、現在サンパウロで暮らしています。二〇二五年秋には研修旅行で二名をブラジルに迎えました。マキコさんの旅はなお続いています。














