現代エキュメニカル運動と〈ジェンダー正義〉の交差点
〈評者〉西原廉太
「エキュメニカルの冬」という表現が顕在化してきたのは、一九八二年に世界教会協議会(WCC)信仰職制委員会によるいわゆる「リマ文書」(『洗礼・聖餐・職制』)の発表を頂点として、その後一気にエキュメニカル運動の機運が冷え込む一九九〇年代以降であると言われる。しかしながら、二一世紀に入ってからWCCや世界聖公会(アングリカン・コミュニオン)の教会間対話に濃密に関わり、数多くの歴史的な進展に立ち会ってきた評者の感覚からすれば、「冬」どころかそれらは熱気に満ちた現場でもあった。むしろ、信徒・教職者数の激減、財政逼迫、セクシュアリティなどの課題をめぐる分裂などの危機的状況に直面するキリスト教界本体の「冬」の問題こそが喫緊であると確信する。
一方で、日本における神学・キリスト教学研究者の中で、エキュメニズムをテーマとする研究者層は非常に薄いのも事実である。日本語での翻訳ではないエキュメニズムに関する研究書の出版も数少ない。そのような中、藤原佐和子さんによる本書の上梓は、日本のエキュメニズム研究史に刻まれる画期的貢献であることは間違いない。また、本書においても日本におけるエキュメニカル研究の系譜として、竹中正夫、神田健次、大津健一、山本俊正、村瀬義史、そして評者の名前も挙げられているが、思えばいずれも男性神学者、教職者であり、女性・信徒による本格的研究成果の公開は初めてのことである。
それゆえに、エキュメニズムに対する本書の切り口は、先行研究からはほぼ抜け落ちてきた視点、すなわち、女性の按手、ヒューマンセクシュアリティ、同性愛、ジェンダー正義といったキーワードによって貫かれる。著者が試みるのは、「括弧付きの『女性』やLGBTQA+の人々(ノンバイナリーやジェンダー・ノンコンフォーミングの人々を含む)に対するあらゆる暴力、差別、排除に反対する立場から、WCCの運動を批判的に論及してみること」(14頁)であるが、こうした本書のアプローチは世界のエキュメニズムにも重要な問題提起となるものであり、そういう意味でも本書の英訳版の出版が期待される。
本書は、「序論」、第1章「エキュメニカルの冬」、第2章「信徒の参加」、第3章「女性の参加」、第4章「女性の按手」、第5章「ヒューマンセクシュアリティ」、第6章「ジェンダー正義」、「結論」で構成され、それぞれの課題が現代エキュメニカル運動史を丁寧に俯瞰しつつ見事に整理される。これからの議論は最終的にはエキュメニズムにおける「ジェンダー正義」へのコミットメントのための視座へと収斂され、それは、「インクルーシブコミュニティに向かって教会が刷新されていくために、そして、完全な人間であるキリストのゆえに、『ジェンダー正義』は今日、すべての教会を結び合わせるエキュメニカルなアイデンティティとして、私たち一人ひとりに問われようとしている」(202頁)との結論に至る。
充実した「参考文献一覧」、「『現代エキュメニカル運動史』年表」に加えて、六つのコラム(「世界宣教会議(WMC)」、「国際宣教協議会(IMC)」、「生活と実践(Life and Work)」、「信仰と職制(Faith and Order)」、「世界教会協議会(WCC)の成立」、「ミッシオ・デイ(missio Dei)」)は非常に分かりやすくポイントがまとめられており、初学者にとっても有益である。
エキュメニカル運動に関心を持つ者のみならず、すべてのキリスト教関係者にとって必読の一冊がここに与えられたことを心から喜びたい。