私は2009年に当時28歳の長女を自死で失った。家族は皆クリスチャンだが、当時の教会には自死遺族への助けを見つけられなかった。
今は自死遺族の自助グループ2つの世話人として活動するようになり、役立つ書籍を常に探している。おすすめの本を3冊に絞るのは容易ではないが、やってみよう。
『自死と遺族とキリスト教─「断罪」から「慰め」へ、「禁止」から「予防」へ』
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『自死と遺族とキリスト教─「断罪」から「慰め」へ、「禁止」から「予防」へ』
・土井健司:編
・新教出版社
・2015 年刊
・四六判 265 頁
・2,860 円
1冊目は『自死と遺族とキリスト教─「断罪」から「慰め」へ、「禁止」から「予防」へ』(土井健司編 新教出版社 2015年6月)。自死という社会問題の研究者、予防活動をする牧師、葬儀社、遺族のケアをしている方、歴史神学的に掘り起こす方など、9名の話がまとめられている。
まず目を引くのは、第1部1「生きる価値の揺らぎに寄り添う援助者として」だ。著者の引土絵未さんは援助者、また研究者だが、自死遺族でもあり、3つの帽子をかぶっている。この章は、研究会で聴衆に語られたスピーチを原稿に起こしたものと見受けられる。話しことばなので、その場の雰囲気まで伝わる。
「私は、一九歳のとき父を自殺で亡くしました」。聴衆が静まり返る様まで想像できる。引土さんが物心ついたときには両親は離婚していて、父親はひとりで1男1女を育てたのだが、ギャンブルとお酒に依存し、借金苦の末に自死を選んだ。詳しくは本文をお読みいただきたいが、自死遺族のわかち合いで参加者の語りを聞いているかのようだ。これほど生々しい体験談は聞いたことがなかった。
引土さんも初めは自分の中からどんな感情が出てくるのかわからず、人前で話すことにためらいがあった。しかし、アメリカで援助者として訓練を受ける中で「あなた自身が今まで何を抱えてきて、どういう苦しみを持っているのかということに向き合って、それを話しなさい」と促され、思い切って自死遺族として溜め込んだ思いを話した。その結果、感情は怖くないという発見をした。
「自分の中で起こっている感情をきちんと自分で理解し受け止めて、それを伝える……その力を持つことで、新しい生き方を得ることができる」「自分自身の弱さを語るということ……が強さに繋がる」。自助グループ主催者として納得できることばに出会うことができた。
第1部3「葬儀社から見た自死の問題」では、安宅秀中さんは、葬儀には悲嘆など感情の処理、そして教育的な役割がある、遺された者が何を学び、どう活かすかを学ぶ場でもあるという。全ての葬儀にも言えるが、特に自死者の場合、このような視点で葬儀を取り行ってくださる葬儀社は、遺族の心の支えになるだろう。前夜式や葬儀の前後に、親族から激しく責められるご遺族を目撃して、心を痛めることもあるという。やはり研究会で語られたもので、優しい語り口だ。
第3部8「牧師の自死」で、研究者の岩野祐介さんは日本のキリスト教史上に名を残した高倉徳太郎牧師、長男の徹牧師のことも紹介する。「自死ということをひた隠しにしたり、なかったかのように扱ったりしてはならないし、自死によってその人の生き方全体を否定してはならない……その全体を受け止め、思い返すことができるようになる」ことが重要だと語る。これは、牧師の自死に限ったことではない。
『自死遺族支援と自殺予防─キリスト教の視点から』
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『自死遺族支援と自殺予防─キリスト教の視点から』
・平山正実、斎藤友紀雄:監修
・日本キリスト教団出版局
・2015 年刊
・四六判 240 頁
・1,980
2冊目として紹介したいのは、『自死遺族支援と自殺予防―─キリスト教の視点から』(平山正実・斎藤友紀雄監修 日本キリスト教団出版局 2015年3月)だ。月刊誌『信徒の友』が2012〜2013年度「シリーズ自死」を連載した。1年目のテーマ「自死遺族支援」の中で、自死予防の専門家と自死遺族たちが書いたものが「第1章 自死遺族を支える」の11項目にまとめられた。専門家は、クリスチャン精神科医、支援者、牧師、神父などである。最後には、自死遺族の読者による匿名投書が掲載される。
高橋克樹さん(牧師)の「悲しみを受け入れる器としての教会へ」では、その告白に目を奪われた。「私が二十六歳のとき、同じ年の妻が自死をしました。今から三〇年前のことです。妻は高校生のころにうつ病を発症し、そのことが起点となってキリスト者になりました。その信仰を尊重して札幌北光教会で葬儀をしていただきました。私にとっては最初の礼拝体験が葬儀だったのです」。
高橋さんはその後受洗され、牧師になり、大学で死生学を学ばれ、今は大学でも教えている。教会で自死が起きたときも、当事者として遺族に向き合うことができる。自死という悲劇は悲劇だけに終わらず、さまざまな良いものを生むのだ。高橋さんの2つ目の記事の冒頭「牧師の自死は決して珍しくありません」にも驚いたが、冷静に考えてみると「牧師家族の自死は珍しくはありません」とも「牧師(やその家族)が精神を病むことも珍しくはありません」とも言える。
私は本書によって、自助グループを始めた方々の苦労や、「自死遺族支援」という用語を知った。本書の監修者である斎藤友紀雄牧師をはじめ高橋克樹牧師も、自助グループ「ナインの会」の講師としてお招きした。
ちなみに本書の編集者である市川真紀さんは、よちよち歩きだったナインの会を10年前の発足時から愛情をもって見守ってくださった育ての母でもある。自死遺族の自助グループが健全に長く活動するためには、傍らから励ましたり助言してくれる支援者・専門家が不可欠である。
『ミッチ─隠れた贈りもの』
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『ミッチ─隠れた贈りもの』
・アイリス・ボルトン:著
・前島常郎:訳
・エムティーエム
・2013 年刊
・四六判 176 頁
・1,320 円(現在は電子書籍のみ流通・Kindle 価格715 円)
3冊目は『ミッチ―─隠れた贈りもの』( アイリス・ボルトン著 拙訳 エムティーエム 2013年)である。著者ボルトンさんは、米国ジョージア州アトランタでカウンセリングセンターを運営する信仰者だ。1977年、21歳の次男ミッチを拳銃自殺で失った。ボルトンさんはカウンセラーとして人を助けていたはずなのに、息子の自死に遭い、茫然自失した。
悲劇の日、訪ねてくれた多くの知人の中に、尊敬するクリスチャン精神科医のマホーリックさんがいた。彼は謎のようなことばを語ったという。「この危機は乗り越えられるし、家族の絆は前よりも強まります……。息子さんの死には、贈りものが隠されています。今はまだ信じがたいかもしれませんが……」。ボルトンさんは、とても信じられなかった。「この痛みが贈りもの、息子が不注意にまたわがままに、地上のすべての責任を終わらせたこと……が贈りものだと!」
本書の原題は”My Son…My Son…”で、文字どおりには「我が子よ……、我が子よ……」だろうが、邦訳では『ミッチ 隠れた贈りもの』とした。「贈りもの」がキーワードだと思ったからだ。
息子を失ったボルトンさんは、しばらく仕事を休まざるを得なかった。家族さえ助けられなかった自分は、もう人のお役には立てないと。ところが思いもかけないことが起きた。「死にたい」と悩む若者からの相談や、子どもに死なれたという家族からの連絡が入り始めたのだ。大学に入り直し、自殺という社会問題について広く学んだ。
そしてあるときは、娘に自死された直後、寝室に引きこもっている母親に長時間付き添い、話を聞くこともあった。葬儀で説教を頼まれて引き受けたりもした。やがて地域で自死遺族の分かち合いを始めた。ボルトンさんと夫のジョンさんは、ミッチの残した贈りものを確かに見つけたのだ。
私も、今振り返ると、勝手に命を捨てた娘に腹を立て、孤独感に悩み、ひょっとして自分も死ぬのではないかと恐れたこともあった。うつ症状にも陥った。しかし、自死遺族の自助グループに居場所と癒やしを見つけた。気がついたら、全国に多くの友人ができていた。マホーリック医師がボルトンさんに言った「贈りもの」は、私にも真実だった。痛みを恐れず見つめることで、神の恵みを見いだし、また同じような苦しみを持つ方々とつながり、分かち合い、生きる意味を学び合える。娘を亡くした直後には、このような豊かな生き方があるなどとは思いもしなかった。
ここで紹介した3冊は、私自身が助けられてきたので、多くの自死遺族に差し上げてきた。予防に役立つことはもちろん、自死遺族にこそお勧めする。
前島常郎
まえじま・つねお=クリスチャン自死遺族自助グループナインの会世話人