敬愛する友からのSNSメッセージを受信。ある方へ「連絡先をお知らせしてもいいですか?」との確認でした。大切にされているなぁと嬉しく感じつつ、この方の取次ぎであれば間違いないと即OKしたところ、この原稿執筆依頼が舞い込んでまいりました。いやはやびっくり! まさかご推薦くださるなんて。恐縮しきりでございます。
提示されたテーマは魅力的。だがしかし……コアな読者が多い出版物に私ごときが書いても良いのだろうか? そもそも要綱条件に見合う本が、私の本棚にあっただろうか? としばし逡巡するも「何か良いつながりとなりますように」と祈りと共に、取り次いでくれた友の思いに応じたい一心で全力投球あるのみ! 勢いついでに、このテーマなら絶対に外したくない1冊を編集者に確認の上、謹んでお受けいたしました。
失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック
その絶対に外したくない1冊こそ『失敗しないためのジェンダー表現ガイドブック』(新聞労連ジェンダー表現ガイドブック編集チーム、小学館)です。本書は「ジェンダー平等を日本で早く実現したい。それにはまず、自分たちが発信する記事から見直さなければならない──」(はじめに)という現役の記者たちの強い危機感と、自省の念を込めて綴られた「気づきの書」ガイドブックです。目次を見るだけでもワクワク×2。ガイドブックらしく、具体的事例のみならず改善策まで示してあるところが何とも親切。業界人・一般人の区別なく、ジェンダー問題に意識が向いていた人にもそうでなかった人にも今日から生かせる内容となっています。
第1章「ジェンダーの視点で見る表現──事例と改善案」では、「夫はフルネーム・妻は名前のみ」や「男女で分ける必要、ありますか」など、当たり前のように行われていた無意識の男尊女卑と性別二元論を可視化して、それって本当? 無意識の偏見あったりしませんか? と一つひとつ丁寧に確認して、改善案が提示されています。手元にあるのは第4刷(2022年)ですから、結構な勢いで増刷されている模様。世間がアップデートしているスピードに、キリスト教界隈はかなり出遅れているのではないかという危機感を抱きつつ、ぐいぐい引き込まれていきます。
第2章「ウェブで起きていること──変わる・変える意識とルール」は、内容がやや専門的になりますが、今や誰もがSNSなどを通して発信者となりうるのですから知っておいて損はありません。その中でも「もの言う女性へのオンライン・ハラスメント──太田啓子弁護士×武井由起子弁護士インタビュー」は読み応えがありました。匿名性によってオンライン・ハラスメントを行う側はほぼダメージを受けない一方、被害を受けた側の損失は甚大。
第3章「弱者に寄りそうジェンダー表現──性暴力を伝える現場から」にも通じることですが、被害が矮小化され隠されたり、泣き寝入りしたりすることも少なくなかったところに、勇気をもって被害を可視化し、声を上げる人たちが現れ、それを支える人々によって少しずつ変化している現状(報道する側の葛藤含め)が語られています。課題やハードルはまだまだ多くありますが、勇気をもって声をあげた人の声を無視せず、差別、偏見、暴力には黙さない態度で応じる姿勢でありたいという人々の姿に希望を感じました。
第4章「失敗から学ぶ人・組織作り──メディアの現状から」の最終部あたりに「意思決定の場が変われば表現も変わる」を目指して(241頁)という段があります。ジェンダー諸課題がメディア内で放置されていた理由として、新聞労連は意思決定の場に当事者が不在であったためではないか、という問題意識を持ち意思決定の場にクオータ制を導入するなどして現場での改革を進めていきます。その取り組みが進んでいく中でさまざまな課題が「見える化」されていき、「ジェンダー格差やワークライフバランスの諸課題が男女共通のものであり、性別を問わず個人個人が尊重されているかどうかの人権問題であることが認識されました」とあります。意思決定の場面に近づくほど女性の割合が低くなる/当事者不在などの現象は、私たちの身近なところにもあるのではないでしょうか?
本書と出会い、これまで漠然としていた違和感やモヤモヤの正体らしきものが浮かび上がってきたように感じます。また私自身も無意識のうちに「女性は男性より劣る」「○○らしさ」などという無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)を内面化していたのではないかとハッとさせられました……。まさに気づきの書。日常の中で当たり前のように繰り返され、見過ごされている小さな表現が、やがて大きな偏見や差別を育てていってしまう悪循環……から飛び出すきっかけの書。気づきによって変化が生まれ、新しい世界をつくっていけるのならば一刻も早く気づいたほうがいい! 知ってしまったからにはもう戻れません。個人としても教会としてもジェンダー表現のリテラシーを高め、日々バージョンアップに励むのみ! 強くお勧めする1冊です。
LGBTとキリスト教──20人のストーリー
2冊目は『LGBTとキリスト教──20人のストーリー』(平良愛香監修、日本キリスト教団出版局)です。この本については私が多くを語るより、ぜひ手に取って証言されているお一人おひとりのいのちのことばに直接触れていただきたい。一つひとつのストーリーとコラムには性と生の多様性、グラデーションの豊かさがあふれています。読み進めるうちに自分の中に染みついている無意識の偏見との対峙が起こるかもしれません。その時は、自分を絡めとっていた何かからの解放のきっかけ、チャンスだと受け止めそれとしっかりと向き合ってください。本書のまえがきにも「十人十色、全員が一人一人違うのだという前提がある社会を目指す一助に、この本がなることを願っています」とあります。
呻きから始まる──祈りと行動に関する24の手紙
3冊目は『呻きから始まる──祈りと行動に関する24の手紙』(栗田隆子、新教出版社)です。本書は世界中が未曾有のパンデミックに見舞われていたころ、『福音と世界』で連載された記事を書籍化したものです。帯にある「私にとってフェミニズムと信仰はどちらも必要なものです」にまず心打たれました。そして「ここで書いたものは~空き瓶通信のように誰に届くかわからないけれど、それでも投げ送った手紙なのです」(この本を手に取ってくださったみなさまへ)を読んだところで感涙。というのも、なんで女に生まれてきてしまったんだろう。男だったらこうは言われなかっただろうなぁと溜息やぼやきを吐きつつ生きてきた私にとって、栗田さんのことばや文章との出会は自分でも気づいていなかった心の武装解除への入り口となったからです。
「非男性牧師あるある」な出来事かもしれませんが、男性異性愛者が標準とされている場面に遭遇すると少なからずダメージを受けます。長年いくつものモヤモヤしたものやチクチクするものと格闘しながら、日本の片隅で務めに励んできました。いつしか自分の中で咀嚼できていないようなことばを、無理して使っていることに疲れきっていたのです。「既存の在り方や制度や社会を疑うからこそ、自分の想像や枠組みを超えるものがあると信じ、そしてそれを『信じる』際には本当にそれは新しいものなのか、既存の誰かにとっての特権的なあり方に過ぎないものなのか、そしてそれは信じるに値するものなのかを考える『疑い』が生じます。これら二つの営為を振り子のように往復しながらこそ私は生き、また生きながら常に自分の狭い枠組みだけではないものへと開かれ、言葉と行動が生み出されていくと感じているのです」という栗田さんの言葉に、深い洞察と慰めを与えられました。モヤッとしたものたちとの付き合い方は自分自身で決めていいのだと気づかされ、自分のことばで語っていいのですよと励まされた思いです。
岡田薫
おかだ・かおる:日本福音ルーテル帯広教会牧師・札幌教会協力牧師