「神の霊による魂のケア」の記録
〈評者〉窪寺俊之
大柴譲治先生が新著『聽 議長室から』を出版された。
現在、日本福音ルーテル大阪教会牧師であるが、二〇二三年五月までの五年間、日本福音ルーテル教会総会議長の重責を担っておられた。多忙な働きの中で、時間を見つけて教団の機関誌『るうてる』に毎月、時々の問題を取り上げてコラムを書いてこられた。その内容はキリスト教信仰の本質を的確に説明したものや、混乱した社会の苦悩の癒しをキリスト教会の立場から語ったものまである。実に広い領域に関心を持っていて、神学、哲学、心理学などに触れている。それがこの本の内容に深みを与え、読む人の心を掴んでいる。
紙面から大柴先生のキリスト教への深い思いや熱意が伝わってきて、引き込まれて読ませていただいた。牧師の家庭に生まれ、大学では哲学を学び、キリスト教神学に引かれてご自分の信仰やキリスト教理解を深められたことがわかる。この本の特徴の一つは、大柴先生が「聽」くことを大切にしていることである。上からの目線ではなく、牧師や信徒の目線を大切にしている点である。そこに大柴先生の人柄や牧師の立場がよく出ている。
全体は見開き二頁で一つのテーマがまとめられていて、要点が簡潔に書かれていて読むものには非常にありがたい。また、難しいことをわかりやすく語ることに努めておられることがわかる。例えば、次のような文章がある。
NHKの大河ドラマに宮本武蔵が取り上げられたことが書かれている(七四─七五頁)。少し紹介する。武蔵は新陰流の柳生石舟斎に出会い、戦いを交わすが敗北する。石舟斎は武蔵に「お前は風のそよぎを感じたか」と尋ねる。武蔵は相手を倒すことばかりを考えて、外界で起きることは何も感じていなかったことに気づく。次の文章は大柴先生の文章である。少し長いが引用する。
「このエピソードは私たちに、内に閉ざされた自己完結的な生を越えた、外に向かって開かれた対話的な生の次元があることを教えています。マルティン・ブーバーの表現を借りれば、根源語〈われ − それ〉だけを語る次元から根源語〈われ − なんじ〉を語る次元への神の恩寵による突破です。私たちは何かに燃えている時にも、逆に何かに悩む時にも、周囲が見えなくなることがすくなくありません。そのような時には五感を開いて周囲の世界を感じてみる。するとそれまでとは違った視点が与えられ、見えなかった次元が見えてくることがある。私の関わっている『グリーフケア』や『スピリチュアルケア』は、ケアの中心にこのようなダイアローグ的な在り方を据えています。」
とある。
ここでは、宗教哲学者マルティン・ブーバーが紹介されている。そして大柴先生が関心を持っているグリーフケアやスピリチュアルケアの領域にも触れている。
この新著全体に流れている温かさや思いやりの心は大柴先生が牧師であり、グリーフケアやスピリチュアルケアにも深い学識をもち、ケアの感性を磨いているからだと理解した。学びつつ、実践し、実践しつつ、研究し、神様の御国の建設に労力を惜しまない大柴先生の一端を垣間見ることのできる一冊である。教職者にも信徒にも学びの多い本である。
窪寺俊之
くぼてら・としゆき=関西学院大学神学部元教授