①『肉屋を支持するブタにならないためのクィア・マガジンOVER vol.1』(2019年)
②『イエスの意味はイエス、それから…』カロリン・エムケ著(2020年)
③『クイア・レッスン 私たち教会がLGBTQから学べること』コディー・サンダース著(2021年)
今年はキリスト教書店大賞に、私も執筆させていただいたLGBTに関する本が選ばれました。日本の教会でも、LGBTQ+と出会う機会がぐんと増えたのではないでしょうか。それでもまだ出会ったことがないという方々のほうが多いかもしれません。実際私自身も日常生活でLGBT仲間と一緒にいる時間や会話する機会はほとんどありません。だからこそ本が必要だといつも思います。生身の人間との関わりは何にも代えがたいですが、文字を通しての出会いもまた確かな出会いです。今回は、より深く当事者の現実と出会いマジョリティが気づく経験を期待できる三冊を紹介させていただきます。
『肉屋を支持するブタにならないためのクィア・マガジン OVER vol.1』
特集「STONEWALL?50 人権!差別!LGBT!」の最初に掲載されている北村雄二の文章、「作用と反作用の長き派手やかな道─ストーンウォール五十周年(上)」です。読み始めるとすぐに、日本のクリスチャンが関わった事件について書かれていることに気づくと思います。1990年、「動くゲイとレズビアンの会」(通称・アカー)が東京都の研修宿泊施設「府中青年の家」を利用した際に差別・嫌がらせを受けました。ところが、嫌がらせをした側ではなく差別されたアカーのほうが施設利用を拒否されました。1991年アカーは東京都を提訴し1994年に一審で、1997年に控訴審でも勝訴を勝ち取りました。日本で初めて同性愛者差別に関して争われた裁判でした。果たして、この裁判の原因になった差別・嫌がらせ行為の一部をしてしまったのがキリスト教団体の人々だった事実を知っているクリスチャンが、どのくらいいるでしょうか。この時、旧約聖書のレビ記の御言葉が読み上げられたそうです。目の前にいる相手が同性愛者たちだとわかっていて「女と寝るように男と寝るものは、ふたりとも憎むべきことをしたので、必ず殺されなければならない」という箇所を読んで聞かせたのです。聖書を、同性愛者を断罪するために恣意的に用いた重大な差別・嫌がらせ事例の一つです。
この事件に関わったのが自分の属する教団ではなくても、私たちは差別をしてしまった宗教(団体)として日本社会に知られているのだということを自覚しなければならないと思います。自分たちの加害性を自覚するために、この北村の文章は多くのクリスチャンに読んでもらいたいものです。畑野とまとの「ストーンウォールの真実」では、アメリカのストーンウォール蜂起に至る背景とともに日本の状況も語られています。鈴木賢「LGBT+の生きづらさの根源にあるもの」では、自治体のパートナーシップ制度や自身が受け持つ大学生の声も紹介されています。全体として、アメリカや他の海外の状況を紹介しつつ日本社会における性的マイノリティの現実が見えてくるような文章が掲載されています。各文章のなかに、差別への鋭い指摘とプライドを持って生きてきた、そして今もなお生き抜こうとしている当事者たちのしなやかな強さと優しさが表れているように感じます。日本に生きる性的マイノリティと紙面上で出会う経験ができる雑誌です。
『イエスの意味はイエス、それから…』
『イエスの意味はイエス、それから…』の著者であるカロリン・エムケは西ドイツ出身、世界各地の紛争地を取材し執筆してきたジャーナリストです。前著書『憎しみに抗って』で、2016年のドイツ図書流通連盟平和賞を受賞しました。本書の中でご自身の立場を「女性を愛し、女性に欲望を抱く者」と明らかにしています。私自身もオープンなレズビアンとして生きていますが、同じ立場の人が書いた文章を読む機会はそれほど多くありません。最近は一般出版社のみならずキリスト教出版社からも、性的マイノリティ当事者の著作も増えてきました。ただ、出版された性的マイノリティ関連本のテーマはたとえば「教会/キリスト教と同性愛」だったり、「聖書とLGBTQ」だったり、あるいは当事者のセクシュアリティをテーマにしたエッセーやLGBTQに関する法律や社会状況や教育の現場での状況などが多いように思います。しかし、この本は主題が性的マイノリティど真ん中ではありません。2017年世界中に広まったMe Too運動を契機に、虐待やセクシャル・ハラスメント、権力、差別などについて語られています。自身や知人が経験した出来事だけではなく、あの時私は気づいていなかったのだという想像力の欠如の告白もなされます。2018年にベルリンの劇場でエムケが行った朗読の内容を本にしたものです。
同性愛者であるエムケが自分の経験を語る部分を引用します。
それになにより、同性愛者である私に対しては、昔もいまも、悲しくも有利な誤解がある。
つまり私は、男性の同僚たちから同等の存在と見なされ、だが同時に、男だと見なされるのだ。新聞社には女性蔑視の風潮が強く、まさにそれゆえに、私は男性たちから特別な敬意をもって扱われてきた。ほかの女性たちほど見下されることがなかった─なぜなら、私はそもそも「本物の」女だと見なされていなかったからだ。それは私にとって、さまざまな重荷からの解放であると同時に、別の重荷を背負うことでもあった。
周囲が無意識に女性同性愛者をどう解釈しているのかが、この分析で明らかにされています。ドイツの新聞社ではこのような状況だったようですが、日本ではどうでしょうか。さまざまなテーマについて語りながらも、女性同性愛者の視点が要所々々で記されています。非常に重いテーマを扱っていますが、性的マイノリティについて一所懸命学ばなくては! という肩肘張った力を抜きつつ、彼女の視点を通じて女性同性愛者やLGBTQの視点を思い巡らすことができるでしょう。
『クイア・レッスン─私たち教会がLGBTQから学べること』
教文館書店一覧
『クイア・レッスン─私たち教会がLGBTQから学べること』
・コディー・サンダース:著
・原口 建:訳
・上野玲奈:監修
・エメル出版
・2021 年刊
・四六判 289 頁
・1,980 円
最後に、監修させていただいた『クイア・レッスン』をおすすめしたいと思います。著者のコディー・サンダースはバプテスト系教会の牧師で大学のチャプレンで、ゲイ男性です。教会が性的マイノリティを話題にする時、どうしても「について」学ぶという姿勢になってしまう、対象として学ぶのではなく、むしろ、教会という非常に生きづらい場にあってなお信仰を捨てず、誠実な関係性を続けながら生活しているLGBTQ個々人のその生き様「から」学ぼうという呼びかけが、まずなされます。1章から6章までそれぞれが「レッスン」になっており、関係性、共同体、信仰、愛、そして暴力、赦しのレッスンで終わります。アメリカ社会とキリスト教における性的マイノリティの歴史も記述されます。特におすすめなのはマイクロアグレッションや教会のあり方についての部分です。マジョリティである異性愛者やシスジェンダー(自らの性自認と生まれた時の体の性が一致する人)が性的マイノリティを受け入れてあげるために、かれ・かのじょたちを理解しよう(=理解してあげよう)、マイノリティの苦しみを知ろう(=知ってあげよう)という態度を続けていては、いつまで経っても変わることはできません。マジョリティ側が持つマイノリティへの偏見に気づくために、この本を通してのレッスンはとても役に立つはずです。
上野玲奈
うえの・れいな:日本基督教団部落解放センター主事