意外に無かった 家族をテーマにした八木重吉の選詩集
〈評者〉小林正継
八木重吉は文学の世界で派手に取り扱われる詩人ではない。しかし、ほぼ毎年詩の選集や鑑賞文集、研究論文等が出版される。重吉の詩の魅力を伝えたいからである。そして新しい重吉関係の本が出れば必ず購入する心酔者もいる。八木重吉とその詩の愛好者は、地味ながら根強く存在している。最近は画やイラスト、写真等を入れて読みやすくした選詩集がよく出版される。再評価の波がまた来ている。
本書『八木重吉 家族を詩う』もその一冊で、余白効果も考え写真を巧みに配置し、表紙の装丁も美しく、ページ数も手頃である。また詩の前に入れた簡潔な解説で、八木重吉及び没後に残された家族の様子も概観できる。一番の特徴は、「家族」という明確な中心テーマで詩を選び、生涯の時間の流れを考えつつ、節目ごとにサブテーマも立てて、要点を解説してから詩に導いていることである。
数え年三十歳で没し、詩作期間わずか五年ほどの八木重吉だが、深い人生求道の生涯のゆえに、詩も生き方も読者に訴えかけて来るテーマは多い。そして家族以外の交友が少なかったので、表紙の有名な家族写真さながら、重吉にとって家族は大切な存在であり、読者も重吉の家族愛を感じ取る。しかし一般的に読者はまず、心の琴線に触れて来る詩に共鳴し、重吉の純粋さに魅了されるので、関心の的は詩であり重吉である。そのため、家族をうたった詩に感動しても、それは愛する重吉の一部の姿でしかなかった。
日本キリスト教団出版局は、かつて『単純な祈り』(関茂著、一九八九年)で、八木重吉の詩の魅力を十分伝えてくれたが、他のキリスト教系出版社が、最近八木重吉をよく取り上げているのに比べると、久し振りの出版と思われる。読みやすさを考えた最近の構成方法を進化させつつ、家族を前面に掲げた独自性で、読者の関心を引きそうだ。
私も八木重吉愛好者の一人で、十八歳の時に詩を読んで大好きになり、最初は〈私の重吉〉という思いで、一人静かに鑑賞し始めた。しかしすぐ、私の母校東葛飾高校(千葉県柏市にある県立高校で旧制中学)の創立二年目の大正十四年、八木重吉が英語教師として赴任し、翌年肺結核になって学校を去るまでの一年余り教えていたことを知って、親しみが倍加した。十五年後、八木重吉が教えていた旧校舎の保存運動を契機に、重吉の愛好者四人が発起人となって、その後三十七年も続く「八木重吉の詩を愛好する会」を結成した。詩碑の建立運動や柏ゆかりの場所とそこでの生活の調査、講演会の企画、全国のゆかりの地への訪問とそこに残る資料や教え子の証言記録の収集など、あらゆる活動を展開した。八木重吉の妻で後に歌人の吉野秀雄と再婚した登美子夫人ともお会いできた。また八木重吉生家への訪問、記念館見学、命日の行事「茶の花忌」への参加等、全国を廻りながら多くのことを学ぶことができた。
その視点から見ると、この本の柏時代の解説が少し物足りない。わずか一年余りでも八木重吉の柏時代は、詩人・教師・父親として最も充実した時期だった。多くの愛好者が共通して好きな詩は、柏時代に作詩されたものが多いのである。しかし、子として、夫として、父としての重吉の思いを中心に据えて詩を選び解説を加え、家族を浮かび上がらせた編集は新鮮で、愛される一冊になると思う。
小林正継
こばやし・まさつぐ=八木重吉の詩を愛好する会事務局