真の聖人像に迫る必読の書
〈評者〉手塚奈々子
キリスト教古典叢書
アシジの聖フランシスコ・聖クララ著作集
アシジのフランシスコ/アシジのクララ著
フランシスコ会日本管区訳・監修
A5判・312頁・定価5280円・教文館
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日本でアシジの聖フランシスコの著作に関しては、フランシスコ会司祭・研究者庄司篤氏の訳(『アシジの聖フランシスコの小品集』聖母の騎士社、一九八八年)が一般に知られている。しかし、日本のキリスト教界で、アシジの聖フランシスコや聖クララと言えば、映画「ブラザー・サン シスター・ムーン」に代表されるような、のどかなやや甘ったるいイメージが通っている。しかし、実際には聖フランシスコにも聖クララにも、一三世紀西洋の使徒的・福音主義的運動のただ中で、福音書にあるイエス・キリストと使徒たちの生活への原点回帰に生きようとした厳しい真摯な面がある。今回の和訳は、フランシスコ会日本管区訳・監修『アシジの聖フランシスコ伝記資料集』(キリスト教古典叢書、二〇二一年、教文館)に続くものだが、日本人にとって、真の聖フランシスコ像・真の聖クララ像に近づくのに必須の書である。
この『著作集』は、フランシスコ会司祭・研究者小高毅氏、フランシスコ会司祭・研究者伊能哲大氏、クララ研究者三邊マリ子氏、フランシスコ会司祭・研究者小西宏志氏による訳であり、小高氏が全体を観閲されたが、同氏のオリゲネスの著作訳に見られる如く読みやすいが格調高いものとなっている。そして、この『著作集』は研究者向けである。小高氏がこの訳の出典等について「まえがき」で書かれ、伊能氏と三邊氏が「解説」で研究史と研究状況を書いている。キリスト教国でない日本で西洋研究が西洋諸国に比べ遅れている中で、研究者向けの書が出たことは、日本での今後の研究に光を与えるものである。フランシスコ会学派の神学者たちは、フランシスコの書き物等読み、会の時課をしていた。今回の和訳によってその神学者たちの生そのものが知られ、真の思想に迫ることができる。これを踏まえて今後の日本での研究を期待したい。
なお、イタリアでは一般信徒もフランシスコとクララの書き物や伝記等容易に持つことができ、Fonti Francescaneとして知られ、日本での聖書個所言及のようにFFと番号だけで研究者間だけでなく教会でも使われている。聖書にFFを入れたBibbia Francescanaもある。またフランシスカニズム研究にとって欠かせない辞書Dizionario Francescanoもあり、研究は膨大である。聖クララの「鏡」の思想研究も含めた書もある。G. Iammarrone; La cristologia francescana – Impulsi per il presente.(以上Edizioni Messaggero, Padovaから。)
最後に若干の批判であるが、イタリア版に比べ、和訳で注が聖書個所しかないことや脱字が時々見られることは残念である。また、パドヴァの聖アントニオへの手紙の真証性に関する問題提起があるが、彼が説教者として活躍した現実がある限り、聖フランシスコの許可がなければ彼の活動はあり得ないから、研究史上のこの問題提起は顧みなくてよいものである。
手塚奈々子
てづか・ななこ=明治学院大学経済学部教授、在世フランシスコ会会員・奉献者