心を神へと目覚めさせる言葉
〈評者〉森島 豊
ルカ福音書を読もう 下
下に降りて見つける喜び
及川 信著
四六判・280頁・定価2860円・日本キリスト教団出版局
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私たちは自分をハッとさせる言葉に出会うことを求めます。この世界の価値観に縛られているので、神が生きておられる現実に目覚めさせる言葉を求めているのだと思います。本書はまさに心を神へと目覚めさせる言葉が豊かに語られています。
なんと言っても本書の魅力は短い言葉で急所を言い当てることです。次の言葉は説教準備をする者の心構えを示します。「ルカによる福音書は、神殿で始まり神殿で終わります。それは、礼拝から始まり礼拝で終わっているということでもあります」(二七六頁)。この言葉だけでもハッとさせられます。ルカ福音書を教会で説教する意味もはっきりしてきます。また本書を読んでいると「この世を生きる人を見下している」(五八頁)自分に気付かされます。「自分の方が神様よりも上に立っている」(九四頁)という事実を知ります。「私たちは気づかぬうちに、神よりも上に立ってしまいます。だから、人の上に立つなんて当たり前のことです」(九頁)という言葉は妙に納得させられます。
本書のもう一つの魅力は、常識とされながらも本当は理由を知らない事柄を短い言葉で説明していることです。たとえばサドカイ派が復活を信じないことは知られていますが、その理由について、彼らが神の言葉として認める「モーセ五書には死人からの復活記事はありませんから、死人からの復活を認めませんでした」(一四八頁)と簡潔に説明します。サドカイ派が「ルカ福音書ではここにだけ登場します」(一四八頁)とサラッと言う言葉にもハッとさせられます。二二章で「弟子たち」がいきなり「使徒たち」となっていることなど(一九三頁)、気づかなかったルカ福音書が伝える豊かなメッセージへと導いてくれます。
本書は単に聖書を説明しているのでなく、読者に変革が起こることを目指していると感じます。「これまでの次元に生きながら新しい次元〔神の国〕を生きることは、悲しいかな私たちにはできない」(一〇二頁)という現実と向き合います。目に見えるものしか見ようとしないときに「悪魔を見ていない」という驚くべき事実に気づかせます。「悪魔は私たちの目を現象に向けさせ、その現象を生み出すものに向けさせません。そして、今の問題に目を向けさせ、世の終わりに向けさせません」(一六九頁)。著者はルカ福音書が語る物語そのものに、人間を愛と赦しに生きる存在へと変革させる力があることに気づかせ、物語の中へと自然に招き入れています。だから本書のどの箇所からもお甦りになられたキリストの十字架が響き渡っています。
近年、キリストの十字架と復活無しに語る説教が多く聞かれるなかで、著者は「人は聖書の言葉を聞くとき、牧師が聖書の言葉を本当に信じているのか否かを見ている」(二五二頁)という問題に本気で取り組んでいます。復活における誤解にも切り込みます。「天国で、おばあちゃんはおじいちゃんにお茶を出している」を例に「天国の情景を今の自分を中心に描いている」(一五三頁)という箇所は必読です。「教会という名の『この世』」(七一頁)に妥協しません。不正な管理人のたとえ話の解釈も興味深いのでぜひ手にとって読んでいただきたい。本書は福音が力を取り戻す聖書の読み方を味わわせてくれる優れた良書です。
森島豊
もりしま・ゆたか=青山学院大学教授