▼シリーズ この三冊!性と生殖に関する健康と権利セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツを知るためのこの三冊!(大嶋果織)

  日本キリスト教協議会(NCC)は、本年三月に開催した第四二回総会で、「ジェンダー正義に関する基本方針*」を採択しました。これはNCCが、ジェンダーやSOGIESC**に基づく差別や抑圧に加担してきたことを悔い改め、これからは教会と社会を「安心で安全な場所」にしていくために努力する姿勢を明らかにしたものです。
 この基本方針には、一〇の行動原則が示されています。一〇番目が、「性と生殖に関する健康と権利」です。本文を紹介しましょう。

原則10:性と生殖に関する健康と権利
性と生殖に関する健康と権利(sexualand reproductive health and rights:SRHR)は、個人が自分の身体、性自認、性的指向、生殖に関する選択について自由かつ責任をもって決定する権利である。NCCは、すべての人のSRHRの保護を目指す。それは、個人が差別、強制、暴力を受けずに、自身の性的関係、避妊具の使用、医療と健康に関して、正しい情報に基づいて自己決定できるようにするためである。SRHRには、同意年齢の知識、避妊具の選択と安全性、母体と新生児の健康、性感染症やその他の生殖器感染症およびHIVの減少、リスクの高い中絶の防止、性的健康の促進が含まれる。NCCは、インクルーシブ(包含的)な性教育が、人権と尊厳のために不可欠な要素であると確信する。

 いったいどういうことなのでしょう。性と生殖に関する健康と権利(以下SRHR)を抽象的な概念としてではなく、日本に生きるキリスト者の課題として具体的に理解していくために、次の三冊を紹介します。
*NCCホームページに掲載
** 性的指向 (Sexual Orientation)・性自認 (Gender Identity)・ジェンダー表現 (Gender Expression)・性的特徴 (Sex Characteristics)

①毎日新聞社取材班編『強制不妊 旧優生保護法を問う』


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『強制不妊 旧優生保護法を問う』
・毎日新聞社取材班:編
・毎日新聞出版
・2019 年刊
・四六判 304 頁
・1,760 円

本書は、旧優生保護法下で実施された強制不妊手術の実態を、被害者やその家族、医療関係者への取材、厚生労働省や都道府県に残された資料の掘り起こし等によって明らかにしたものです。
 一九四八年に成立し、一九九六年に母体保護法に改正された優生保護法の第一条には、次のような目的が掲げられ、第三条で任意の不妊手術、第四条で強制不妊手術の要件が定められていました。
「この法律は、優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする」。
 施行当初は、憲法違反の人権侵害ではないかという問い合わせが実務を担う都道府県から相次いだそうです。しかし、その後、この法律の下で約二万五千件の不妊手術が行われました。その内、同意無しは約一万六千件です。強要された同意が多数あったので、同意・不同意を分ける意味はないでしょう。対象になったのは、「不良な子孫」を生むと見なされた「障害」者や病者、素行不良とされた者などで、性別は女性三に対し男性一でした。

 その一人、飯塚さんは一四歳の時に騙されて卵管を縛る不妊手術を受けさせられました。それ以来何十年も腹痛や倦怠感に苦しんでいます。睾丸にメスを入れられた小島さんは、六〇年たった今も悲しみや苦しみが消えません。両足の付け根には傷が残り、下腹部の激痛は慢性化しています。これが、SRHRを奪うということなのです。
 NCCは一九六四年の総会で、「家族計画ならびに人工妊娠中絶に関する声明書」を採択しましたが、その中には、「障害」者や病者はできれば生まれてこないほうがよいという考えが含まれています。NCCは今年の「平和メッセージ」で、このことに対する悔い改めを表明しました。しかし、それで終わりではありません。原則10で約束した「すべての人のSRHRの保護を目指す」には、わたしたちの中の優生思想や「障害」者差別の現実と向き合う必要があります。これは全てのキリスト者に共通する課題でしょう。そんな問題意識をもって読みたい本です。

②塚原久美『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』


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『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ フェミニスト倫理の視点から』
・塚原久美:著
・勁草書房
・2014 年刊
・A5 判 324 頁
・4,070 円

 本書は、「日本の中絶の大多数を占めている妊娠初期の〈中絶〉に焦点を合わせて、技術、法、倫理の三つの側面から日本人が常識だと思い込んでいる〈中絶〉を問い直す」ことを目的としています。
 わたしは本書を読んで、新しい知識をたくさん手に入れました。その一つが、日本の中絶技術が恐ろしく時代遅れだということです。本書によれば、「先進諸国」では、一九七〇年頃には中絶の方法は、子宮内容物を道具で掻き出す「掻爬」から、吸い出す「吸引」に変わりました。そのほうがずっと安全に、また、早い段階で処置できるからです。一九八〇年代になると、妊娠を維持する黄体ホルモンの働きを妨げる中絶薬が開発され、広く使用されるようになりました。現在では「先進国」でも「発展途上国」でも吸引か薬か、どちらかが一般的になっています。ところが日本では、いまだに「掻爬」が多用されているのです。
 妊娠週数の早い段階で、できるだけ安全な方法で中絶ができることは重要です。妊娠検査薬の感度がよくなったため、現在では妊娠五週目の段階で九割以上の女性が妊娠に気づくとのこと。しかし、掻爬の場合、手術に適した時期があるため、妊娠七週から八週まで待たなくてはなりません。胎児が成長すればするほど、中絶が女性の心身の負担になることは容易に想像できるでしょう。つまり日本では女性の心身の健康は二の次という、SRHRからほど遠い状況なのです。

 本書は、中絶技術の変遷はもちろん、胎児観の変遷、避妊技術の変遷、中絶をめぐる議論の変遷、法や政策、日本と欧米における中絶をめぐる倫理の違いなどを、エビデンスを示して丁寧に論じています。原則10の実現のためには、こうした知識が必須です。本書は、「胎児のいのち」か「女性の権利」かの二項対立から抜け出せないキリスト教界の議論に、新しい道を開いてくれるでしょう。

③包括的性教育推進法の制定をめざすネットワーク編『なぜ学校で性教育ができなくなったのか 七生養護学校事件と今』


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『なぜ学校で性教育ができなくなったのか 七生養護学校事件と今』
・包括的性教育推進法の制定をめざすネットワーク:編
・浅井春夫、日暮かおる:監修
・あけび書房
・2023 年刊
・四六判 184頁
・1,760 円

 本書は、二〇〇三年の東京都立七生養護学校弾圧事件に注目し、その経過と意味を探りながら、科学的知識と人権尊重の原則に基づいた「包括的性教育」が今いかに必要かを明らかにしたものです。
 この本には、七尾養護学校で歌われていた「からだうた」が紹介されています。
「あたまのしたに くびがあって かたがある」というふうに、自分の身体に触れながら、それぞれの部分を確認しながら歌います。「むねにおっぱい おなかにおへそ おなかの下に ワギナ(ペニス)だよ」と性器もでてきます。これは、知的障害がある子どもたちが自分の身体を肯定的に受け止めながら、性について学んでいけるように教員たちが生み出した性教育の時間のテーマソングです。
 しかし、この歌は都議会で「口にするのもはばかられる」と非難され、同校の性教育は政治家やマスコミによる激しいバッシングの対象となりました。そして、東京都教育委員会による教材没収、校長や教員への処分によって、積み重ねられてきた教育実践は潰されてしまったのです。この一連の出来事の背景には旧統一協会があると言われています。
 旧統一協会は、「科学、人権、自立、共生を柱にした性教育」を目指す民間団体の活動に、「性器・性交・避妊教育」というレッテルを貼り、保守系の政治家やマスコミと結びついて、誹謗・中傷や攻撃を各地で繰り返していました。七生養護学校事件もその流れの中にあります。この事件により日本の性教育は大きく後退し、今日に至っています。

 このような状況にキリスト教も無関係ではありません。アメリカのキリスト教右派の影響を受けて、包括的性教育に反対し、性の多様性を否定し、結婚まで性交させない純潔強制教育を主張するキリスト者も多いからです。しかし、自分の身体/性のありようを知らずして、どうして自分と他者を大切にできるでしょう。身体/性の話をするのは恥ずかしいと感じているキリスト者にぜひ読んでほしい本です。
 後半で論じられる「包括的性教育推進法」制定の提案、「LGBT理解増進法」が理解抑制法と批判される理由、「LGBT教育」ではなく「クィアペダゴジー」推進の提案は、SRHRの実現に何が必要かを考えさせてくれます。

書き手
大嶋果織

おおしま・かおり=日本キリスト教協議会総幹事

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