逆風をついて声が聞こえる
〈評者〉志村真
本書は、『週刊金曜日』の巻頭言「風速計」として二〇一九年から今年の春までに書かれた六一編とその他の八編の文章を収めたものです。一読して、崔善愛さんご自身が「風(逆風)」の方向と強さを示す「風速計」なのだと思いました。そして、逆風は暴風になりつつあります。在日コリアンと外国籍住民に対する排外的言動が増えています。選挙のたびに「日本人ファースト」が叫ばれ、入管法「改悪」によって永住資格が脅かされ、難民申請者が強制送還されています。
第二部にある「新しい可能性を秘めて」には、崔さんが一九八一年に「外国人登録」の指紋押捺拒否に対する起訴と裁判、さらに国が制裁として「再入国不許可」を課したこと、アメリカ留学からの帰国時に特別永住権がはく奪され、そのこととたたかわれたことが記されています。また、「一九四六年、十六歳の父――北から南へ」、「日本と朝鮮戦争」、「知ってほしい今も取り残されている朝鮮人遺骨のこと」には、お父さまの崔昌華牧師のご生涯と人権のたたかいが証しされています。これらのたたかいのいかに厳しく意義深かったことか!
崔善愛さんは、「『風速計』を書くことは……現実を引き受ける覚悟のようなものだった」と述べたうえで、「とくに在日朝鮮人の声を伝えたいと毎回、七転八倒しつつ、……現実から逃げるな、と自分に言い聞かせながら、なんとか続けてきた」(一九一ぺージ)と振り返っておられます。その覚悟のほどは、「怒涛のような現実に抗う、私は一本の杭でありたい」(一二九ぺージ)に明らかです。
ピアニストである崔さんは、どのようなかすかなものでも在日の声を聞こうと努めてこられました。聞くことは真実を明らかにし、間違いをただす力を生み出します。「どんなかすかな声にも耳を傾ければ、壁の向こうからも、侵略と暴力の被害者の嘆きが聞こえる」(九五ぺージ)。「あのおそろしい時代にこれ以上引き戻されないために、証言者の声に耳を傾けよう。真実は人びとの記憶の中にあり、良心ある声こそが道を開く」(三五ぺージ)。
ピアニストは、ショパンがそうであったように非暴力抵抗の表現者です。「私にとっては、舞台が抵抗を表出する場だ。……暴力への抵抗を舞台で思いっきりうたい、奏でたい」(八八、八九ぺージ)。「『歓喜』への道は遠い。歌をうたい歩こう」(二三ぺージ)。
そして、確言。「私たちの人権は、だれかが声をあげたからこそ獲得できた。変えられることを信じよう」(三一ぺージ)。「社会は闘えば変わるんだよ(崔昌華牧師)」(八五ぺージ)。
本書にあるように、崔昌華牧師と在日大韓基督教会小倉教会は、強制連行された朝鮮人炭鉱労働者の遺骨六五体を筑豊のお寺から引き取り、納骨堂「永生園」を建立しました。そのうちの一七体は飯塚市にある二つの寺からのもので、実は二寺とも私の住む鯰田にあります。鯰田には三菱と麻生の炭鉱がありました。加えて、飯塚市営墓地内の「無窮花堂」には多くの朝鮮人の遺骨が納められており、帰郷を果たせないでいます。
逆風をついて声が聞こえます。「これはあなたの問題なんですよ」(本書引用の井上洋子さんの言葉)。














