新約聖書原本のあくなき探求
〈書評者〉津村春英

補改訂版 新約聖書の本文研究
伝達・改悪・回復
B・M・メツガー、B・D・アーマン著
橋本滋男、前川 裕訳
A5判、448頁、定価6600円、日本キリスト教団出版局
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新しい「新約聖書の本文研究書」が出版された! 周知のように、新約聖書の原本は現存せず、印刷技術が確立されるまでは、写字生と呼ばれる人々が聖書の言葉を書き写した。多くの人々によって何度も書き写された結果、膨大な数の写本が生まれ(二〇二五年一月時点で六〇七〇写本、本書六二頁)、語、句、文の省略、置き換え、順序の入れ替えといった「異読」(訳書によっては異文、異本と訳出)が存在するに至った。新約聖書全体を含むものは少なく、殆どが部分的なもので、ギリシア語写本、古代語訳、教父文書などから得られるデーターを系統的に整理し分析して、聖書の原本を限りなく復元しようとする試みが、本文(ほんもん)研究、本文批評学である。
近年、我が国では二種類の新しい翻訳聖書が相次いで刊行された。訳文の良し悪しは別にして、特筆すべきことは、二〇一七年刊行の新改訳聖書には「異本」、二〇一八年刊行の聖書協会共同訳聖書にも「異」(底本以外の読み)が必要に応じて欄外に注記されたことである。つまり、読者に、本文に採用されなかった写本の異なる読みが提示されている。このように、今や、牧師、伝道者、神学生にとどまらず、すべての読者が、聖書写本の本文批評について知ることができる時代になった。
この度、新約聖書本文研究の入門書と目されるブルース・M・メツガー『新約聖書本文研究』の増補改訂四版の翻訳書が出版された。原著第二版(一九六八年)が一九七三年に、原著第三版(一九九二年)が一九九九年に、当時の同志社大学神学部教授・橋本滋男氏によって翻訳され紹介された。その後、二〇〇五年にメツガーとその門下生バート・D・アーマンによって増補改訂四版が出されたのであるが、今回、奇しくも橋本門下生の前川裕氏によって翻訳され出版をされたことに、同門下生の一人でもある評者は大いに喜んでいる。その労に心から感謝したい。
旧版より新たに加えられたものの中で、とりわけ、第六章「Ⅶ 新約聖書本文批評におけるコンピュータの使用」「Ⅷ 進行中の重要なプロジェクト」に関しては、科学的手法は日進月歩で進展し、原著刊行から今日までの時間的空白は否めないが、翻訳者によって脱稿直前までの新しい情報をもって十分に見事に補完されている。さらに、第八章「Ⅳ 初期キリスト教の社会史に対する本文情報の利用」も追加され、社会史の観点から写字生への影響について論述されている。
前版を継承する部分については、全面的に見直され、細部にわたって手が加えられている。複雑な記号や文献はよく整理され、読者の理解を助けるために、関連写真は該当する記述の近くに、注記は下欄に配置変更され、文章もずいぶん読みやすくなっている。なお、原著刊行以降の研究の動向については、「訳者補遺」で二〇頁近くにわたって詳しく述べられている。それゆえ、本書は正真正銘、新約聖書本文研究の最新本と言って過言ではない。また、聖書の奥深さを学ぶことができる興味深い書である。是非、手にして読んでいただきたい。新約聖書本文研究の入門書としても、本書がこれから長く読まれることを期待したい。