教会と人々への愛からなされた貴重な講解
〈評者〉石田聖実
筆者は一九八〇年に結婚して府中市のアパートに住んだ。徒歩数分の教会に出席することになったが、その教会の牧師が小林重昭師で、一九八七年に先生が川崎に移られるまで家族ぐるみでお世話になった。最後にお会いしたのは、二〇一七年に東海聖化大会の講師として名古屋まで来てくださった時で、当時の東海聖化交友会の松浦会長が小林先生の人柄に惚れて、講師にお迎えすることを提案された。府中時代以来久しぶりに奏楽を担当させていただいた。
さて本題の説教集だが、十戒・主の祈り・使徒信条の講解を府中で一回、川崎で四回、都合五回もなさったとのこと。私が聞いたのはその最初の時だが、申し訳ないことに覚えていない。しかし本書の文章から先生が説教なさっているときのにこやかな表情が浮かんでくる。そこには教会の人々、また地域の人々へ愛がある。
「十戒」というと厳しい戒律を連想する方もあるかもしれないが、最初の説教で「~してはならない」という命令的な言葉は、実は神の変わらぬ熱い愛から出ており「~するはずがない」と肯定的に受け止めることが語られる。
「盗んではならない」のところでは近所の文房具屋さんが万引に困っておられることから説きおこす。地域の人々との付き合いを大切にしておられた。実は私の職場が廃業ということになって仕事が無くなって困った時に、小林先生が府中市の挨拶運動で知り合った会社の社長に私を紹介して雇っていただけるようにしてくださった。十戒の説教はかなり厳しい内容も含まれるのだが、このような先生の温かさを聴衆は知っているので素直に聞くことができる。
「主の祈り」についての最初の説教では、神だけを意識できる場を作ることと、必要なことを知っておられる神を信じて祈ることが語られる。三番目の説教「聖名を崇めさせ」。神の「名」を崇めるという少しわかりにくいことについて、モーセに対して示された「ありてあるもの」、つまり存在の根源であり、行動される方であることが、神の名に表されており、その名を聖なるものとして他とは区別することだと説く。「御国が来ますように」では現在始まっている御国と再臨によってもたらされる御国の両者が語られるが、前者の中で「御国がきますようには、悔い改めの祈りである」という部分で、笹尾鉄三郎が罪を示され祈れなくなり心から悔い改めたとの故事に心が引き締まる。
「使徒信条」の説教の最初の部分には注目させられた。「日本の土壌は、仏教は家の宗教、神社は部落(ママ:ルビ)の宗教」であって「一人ひとりの主体的な告白、すな
わち『個人の信仰』となっていない」。使徒信条は「われは信ず」で始まり「われは信ず」で終わる。「『わたし』という『個人』の『信仰的決断』が鍵となる」。というのは日本でキリスト教がなかなか根付かない原因であると共に可能性をも示しているのではないだろうか。
十戒は旧約のモーセから、主の祈りは新約の主イエスから。対して使徒信条はその後の教会が時間をかけて正しい信仰を得る営みから生み出された。「聖なる公同の教会」とそこに属する人々の生き方を明らかにすることは大事な営みだ。小林重昭先生がこの三文書を五回も説教されたのは、教会と人々への愛からだと改めて思わされた。













