「霊の体操」の手引書としての『霊操』
〈評者〉李 聖一
『霊操』は読むための書物ではないとよく言われる。読んでもよく分からないという声も聞く。そうでありながらも、キリスト教の霊性や神秘主義思想を研究しようと思えば、必ず触れなければならない書物でもある。その方面の研究に興味がある人は、訳者川中仁師の「解説」からお読みになるのがよい。訳書の原本テキストそのものの、直筆と言われながらも、複雑な層から成り立っていること、それを踏まえた上での訳業の困難さを知ることができるであろう。また、各ページ末に施された注は、イグナチオ自身の体験を多少なりとも理解する手がかりとなる。
『霊操』が訳出されるのは今回で四回目であるが、基本的には、「霊の体操」の手引書として使用されるためであったと言ってよい。もともと『霊操』ができあがったのも、イグナチオ自身の霊的体験と霊的な助けを求めた人々と実際に対話して得た実りから生まれ、霊操指導をするために書き留められたものだからである。
それゆえに、『霊操』を理解しようとすれば、実際に「霊の体操」を行ってみるほかはない。しかも、一人で行うのではなく、「霊操」をよく知る人(指導者)を見つけ出し、「霊の体操」を行いながら、自分の心の中で生じる「霊の動き」を体験し、それがどのようなものであるかを、その指導者とともに語り合うことが大切になってくるからである。
『霊操』には、「霊の体操」の仕方と手順、それに従って行うことによって生じてくる心の動きの正体が何であるかを知るための基準が書き記されている。
『霊操』は公式には一五四八年に教皇勅書によって認可されたが、それ以前から、そして今日にいたるまで、多くの人々が霊的生活を深め、神との出会いを体験し、信仰生活をまっとうするために大きな力となったのは、実際に霊操を行ったからである。イグナチオの最初期の同志であったフランシスコ・ザビエルやペトロ・ファーブル、現代においても、イエズス会総長としてイエズス会刷新を導いたペドロ・アルペなど、多くのイエズス会士を導き、また、教皇や司教、司祭、そして信徒にいたるまで、カトリック信仰に生きる人々の信仰生活を深め、生きることに大きな影響を与えたのである。また、キリシタン時代においても、一五九六年に天正遣欧使節が持ち帰った印刷機によって出版された『霊操』は、迫害にさらされたキリシタンたちの信仰生活を支えたことは特筆すべきであろう。
今回の川中訳は、イグナチオの直筆部分を最大限に活かし、イグナチオ自身の体験から生まれた表現を味わうことができるように、そして、実際に霊操をするうえでの手引書としての役割を果たすことができるように工夫されたものであると評価してよい。
その上で、今後、霊操指導に従事する人は、この訳を手にしながら、人々の霊操体験を豊かにすること、それを通して、さらに、使いやすい手引書となるように助言することができればよい。また、霊操する人は、この訳書を手掛かりにして、霊操体験を深め、信仰を生き抜くことができればと願う。
李聖一
り・せいいち=上智学院カトリック・イエズス会センター長