喜びの輪の中への招き 共同体が生み出したメッセージ
〈評者〉渡邊さゆり
マルコによる福音書からの34の使信が収録されている本書は、著者、増田琴牧師の清々しく確信に満ちた語りが聴こえるマルコによる福音書からの説教集です。著者が生き、生かされている教会、礼拝、聖書研究会、キリスト教学校などの共同体から生み出されたメッセージ集です。マルコ福音書が発信する喜びの知らせを現代日本の文脈の中に埋め込み、新たなエピソードとして語り直されています。
著者はイエス・キリストの福音を歴史的文脈に置きます。福音書の冒頭を預言者からのリレーのバトンを受けるイエスの物語と描き、著者は「あなたもバトンを受け取っています」(17頁)と読者へ呼びかけます。共同体がマルコ福音書を読み解く背骨、隣人を大切に思う心からの祈りがその肉という著者のスタンスが感じられます。著者はマルコ福音書を使って話すのではなく、みことばにのめり込み読み解きます。イエスは最も小さくされている人々と出会ったことが語られますが、それは著者とその共同体の信仰のありようの結果でしょう。
著者は豊富な知識を余すことなく丁寧に伝え、イエス・キリストによってもたらされる福音をほどきます。神に仕え、生きようとしたキリスト者の著作が紹介されますが、それは単なる知識供与ではなく、優しい語りでなされます。しかも神学専門書や注解書による「説明の説明」ではありません。その「人」を知ることができる著作が適宜引用されているのでイエスの時代を生きる人々と近現代を生きる人々の両方に出会えます。遠藤周作、ボンヘッファー、詩人デイビット・ローゼンバーグ、榎本保郎牧師から関田寛雄牧師。古代の言葉を読むことと現代を生きるギャップはこのように縮められるのだと教えられます。
本書の特徴はイエスと女性たちとの出会いが描かれることです。十二年間病で苦しむ女性の積極性、シリア・フェニキアの女がこれまで当たり前のこととされてきたことを問う姿、香油注ぎの場面、これらを通して著者は「誰を記念するのか」と問います。この問いからは今なお女性差別が問題にもされない日本社会をサバイブする女性たちが思い起こされます。そして、日本のキリスト教共同体の差別的体質から変革への覚醒につながるのではと期待が膨らみます。イエスの十字架の物語では男弟子たちに焦点が当てられることが多いですが本著では「十字架につけられた女性の像」が紹介されます。続くメッセージで女性たちがイエスの処刑の一部始終を見て仕えていたと語ります。女性たちを取りこぼさず、またヒロインにまつりあげるのでもない手法は圧巻です。
最後は「喜びの輪の中に主は一人ひとりを招いておられます」と記されています。私はこの結びから「その招きを妨げているものは何か」という課題を与えられました。私もキリスト教会、団体の中で思い起こすことも耐え難いほどの差別や排除を受けた経験があります。その「つらさ」にたたずむ者をこそ主は招くと信じて、招きを阻む「力」を溶かしてゆこうと思いました。
マルコ福音書を通してイエス・キリストが私たちの生活の中の隅々に共におられることを知ることができるおすすめの一冊です。
渡邊さゆり
わたなべ・さゆり=日本バプテスト同盟駒込平和教会牧師