マリ・ヨアスタッド著/魯恩碩訳 旧約聖書と環境倫理(関根清三)

自然世界と仲良くするために
〈評者〉関根清三


旧約聖書と環境倫理
人格としての自然世界

マリ・ヨアスタッド著
魯恩碩訳

A5判・344頁・定価6050円・教文館

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 マリ・ヨアスタッドは、旧約聖書学、環境倫理学を専攻するバンクーバー神学校の准教授である。彼女は本書で、現代の環境倫理の問題を広汎に視野に収めつつ、これへの良き指針を与えるものとして、旧約聖書の諸テクストを読み解いていく。彼女は「世界と仲良くする」(二七七頁)ことの大切さを訴え、旧約聖書はそうしたメッセージへと人々を誘うものと考える(一二三頁)。
 著者にとって、レビ記の食事法や土地所有の規則は、ふつう解されるように神信仰の強度を測るための形式的な律法などではない。それはむしろ、人間が動物をいつどのように食することが許されるか、植物を生み出す神の賜物である土地をどこまで人間のために利用してよいのかを示すことによって、人間と宇宙の愛の関係の秩序と内実を示すものなのである。そしてイスラエルとYHWHの関係の中に、この関係が組み込まれているという(四五頁)。
 「バシャンの樫の木よ、泣き叫べ。人を寄せつけなかった森も倒された」(ゼカ一一・二)という預言でイメージされているのは、捕囚解放後、バビロンからの帰還民がイスラエルに定住するため、豊かなレバノンの森林を伐採する状況である。その際、木も人間と同じように、その生命が脅かされて悲しみ嘆くと、預言者は敏感に語っていることに著者は注目する(一七四頁以下)。

 意識を持たない存在に感覚や行動などあり得ないと、近現代人は考えがちだ。しかしこれはデカルトの心身二元論に縛られた発想であり、現代にも残っているアニミズム社会のフィールドワークに携わる人類学者は、そこを突破しようとする。そしてその成果は、旧約の人格的自然観にも当てはまる、と著者は言う。旧約では、土地は道徳的責任を持ち(レビ二五・四─五)、人も神も山や空と対話し(ミカ六・一─二)、木や川は神を賛美する(詩九八・七─九)。社会性、感情、道徳的責任を有する人格は、人間だけの専有物ではなく、自然世界もまたこれを持っているというのが、旧約の自然観なのだ(三六頁)。
 いずれにせよ、環境破壊に対して、我々が自然への愛情と理解をもって立ち向かうならば、自然もまた愛情をもって返してくれると言われる。すなわち、「砂漠はクロッカスのように花を咲かせ……喜びと歓喜に満ちたものとなる」(イザ三五・一)。自然に人格的なものを見出す感性と語彙によって旧約が豊かに語っている、そうした自然との関係性の回復を、旧約のテクストの読み直しによって新たに学ぼうという著者のメッセージは、明るく示唆に富む(特に三〇三頁以下)。
 ただ疑問がないわけではない。自然災害は神からの裁きとして読まれてはならないと著者は主張する(一二三頁以下)。しかし旧約はしばしば、災害を神の裁きとして描くのである(出一一・一以下、民一一・三三、エレ一五・一─三等々)。ここではどうしても、世界をどう見るかだけでなく、神をどう理解するかについても、眼光紙背に徹する現代的な読み替えが必要になるのではないか。すなわち、著者がするようなアニミズムの人類学的検討だけでなく、パネンテイズム(万有在神論)をめぐる神学的・哲学的検討もまた必須になるのではないか。
 本稿を筆者は、能登半島地震の半月後に書いている。現実には自然環境の方が人間と「仲良く」してくれない場合も多々あり、そもそも生態系の連鎖は残忍な弱肉強食の掟に支配されている。生き物は、他の生き物の命を奪って生き残らざるを得ないのである。それに対して、全てを神の奇跡的介入に託して、「雌牛と熊は草を食べ、相ともに伏すのはその子ら。獅子は牛のように藁を食らう」(イザ一一・七)といった、終末論的平和を思い描いて休心することが、環境倫理に対する責任ある態度であり得ないことは言うまでもない。我々は、旧約聖書と環境倫理を結び付ける本書の興味深い提案の数々に刺激を受けつつ、では旧約の負の遺産と正の遺産をどう腑分けしていくかといった、更なる問いに直面することを促されるのではないだろうか。
 ヨアスタッドの刺激的な著作を紹介してくださり、日本の読者を様々な対話と思索へと誘ってくださる、訳者・魯恩碩教授に感謝したい。

書き手
関根清三

せきね・せいぞう=聖学院大学大学院特命教授

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