金子みすゞの魅力と闇に再考を迫る名著
〈評者〉河原清志
本書の著者はスピリチュアルケアの第一人者にして牧師、元関西学院大学教授で兵庫大学大学院の現役の教授でもある窪寺俊之である。御年83歳にして、我々後進の者に心温かく常に光を照らしている、多くの方々から尊敬され愛されているお人である。教会で説教をするとクリスチャンに限らず多くの人が感動し、心を癒され、時として心を打たれるあまり涙を流す。そして穏やかな気持ちになって明日からの希望を与えられる。決して上から目線でものを言わず、一人一人の心に寄り添うように等身大の姿で話しかける。さらには、スピリチュアルケアの研究論文や著書も多数出しており研究者からの信頼も篤い、卓越した宗教家であり学者でありケア者であるのがこの著者の素の姿である。
窪寺はなぜ金子みすゞに25年間も魅了されたのか。窪寺は言う。「彼女の魅力の一つは、弱い者への暖かな眼差しや共感の深さである。彼女の詩に現れた優しさに何度も癒されてきた。心が動揺し悩み葛藤した時、彼女の詩は静かに心に寄り添って癒してくれる。何度もありがたいと思った。しかし私の心に消えない疑問があった。なぜ彼女は自死したのか、なぜ自死しなくてはならなかったのか。その疑問が私の心につきまとった。」これがみすゞ研究の動機である。
窪寺自身が牧師として、そしてスピリチュアルケア者として多くの人を慰め、癒し、救いの手を差し伸べてきた背後には、人の苦しみを我が事のように引き受け、辛さや悲しさを自らも背負い、ともに生きていこうとする人への優しさや思いやりがある。だからこそ、そのような暖かい眼差しを持つ詩人であるみすゞに惹かれたのであろう。と同時に、なぜ自死をした詩人が現代の人たちの共感を呼ぶのかについても深く知り、今後のスピリチュアルケアを改善するためのヒントを得たい、そしてさらには、現代の人たちの自死をできるだけ救いたいと願ったのだろう。
本書は6章からなっている。第1章はみすゞの遺言の分析から彼女の自死をめぐる考察をしている。窪寺は一般的にみすゞを自死に追いやったとされる理由以外の分析を詳細に示している。第2章はみすゞの死の理解の分析をとおして、既存の宗教(仏教やキリスト教)を脱皮する彼女のスピリチュアルな宗教世界について、第3章はその宗教世界は空想的で非現実的だったため、苦難や困難が襲ってくると生を支える機能を果たさなかったことを示している。第4章はみすゞの詩に現れる宗教心の機能を分析している。彼女は私たちが見失っていた森羅万象の中に宗教的意味や「いのち」の価値を見い出す重要性に気づかせてくれる。弱い者、傷を負った者もともに労わり合うことの大切さを教えてくれる。しかし彼女は苦難や悲しみに納得できるまで葛藤し、仏の慈悲に縋る信仰ないし信心までは持てなかったことを指摘している。第5章はみすゞの詩の特徴には「さびしさ」があり、その背後には特権意識や他者への共感性の欠如、抑うつ気分や自己愛人格傾向が読み取れることを示している。第6章はみすゞの苦悩は現代人にも共通する点が多く、自己愛に振り回された彼女の人生は、私たちの生き方への警告という意味合いがあると締めている。
みすゞに優しく暖かい眼差しで鋭く切り込んだ窪寺の分析は、私たちの人生観や宗教観に光を照らす語りでもある。
河原清志
かわはら・きよし=拓殖大学教授