子供の頃から本好きの少年だった。父は尋常小学校しか出ていなかったが、子供版の「世界文学全集」や「日本文学全集」などを、やたら買ってきてくれて、さらに私が生き物好きだと分かったので、家の本棚にはファーブル、シートンから「ドリトル先生物語」まで並んでいた。本に恵まれていた子供時代だった。
中学では科学部に入っていたので、天文や生物関係を中心に、図書室にあった科学系の本を手当たり次第読んでいた。高校時代、岩波新書は分野に関わらず、よく読んだ。
3年生になって、そろそろ進路を決めねばならない頃、北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズに出会った。その中の1冊、『どくとるマンボウ青春記』が、強いて言えば私にとって、人生を決めた出会いの1冊である。
この本は若き北杜夫が旧制松本高校(現信州大学)の寮に入って過ごした青春の日々の物語である。旧制高校のバンカラ生活を面白おかしく描いた内容で、寮で馬鹿騒ぎをして、デカンショ節を歌い、山に登り、昆虫を追いかけて(彼も昆虫マニアであった)という自由奔放な学生生活が描かれている。
「ストーム」や「コンパ」という言葉は、この本で覚えた。デカンショ節のデカンショがデカルト、カント、ショウペンハウエルの略だというのも、この時知った。だから大学は寮のある大学を選んだ。寮に入って、北杜夫のような学生生活を送りたいと思ったからである。まったく単純すぎる動機である。
私が大学に入学した1969年は学生運動はなやかなりし時代であった。大学の講義はかなりサボったが、デモや集会にも参加しつつ、本だけは随分読んだ。それが私の人生の力となっている。もしあの4年間の寮生活がなかったら、今の私は、多分、別の生き方をしていただろう。「どくとるマンボウ青春記」は私にとって出会いの1冊である。
(うえだ・けいすけ=立教大学名誉教授、日本野鳥の会会長)
上田恵介
うえだ・けいすけ=立教大学名誉教授、日本野鳥の会会長