【出会い・本・人】「試験問題」から生涯の愛読書へ

 私が本と出会うきっかけには、「試験問題」がしばしばあったことを思い起こす。テストなどの課題で出題される文章に興味を持ち、当該作品や著者の他の本を探してみる、という例である。いま記憶に残っているものでは、中江兆民『三酔人経綸問答』、なだいなだ『人間、この非人間的なもの』などが挙げられる。「面白いことを言っているな」と感じてそれらの本を読み、さらには同著者の別の本にも手を広げていた。
 また教科書に掲載された文章から影響を受けた、という人は比較的多いのではなかろうか。私の場合は、中学生の時に使っていた英語の教科書に掲載されていたオー・ヘンリーの「二十年後」であった。これにとても惹かれたことを覚えている。それから遠くない時期に、テレビの英語講座で同著者の「警官と賛美歌」に触れた。中学生向けのリライト版であったが、そのユーモアとウィットに感銘を受けた。今でもオー・ヘンリーの邦訳はおそらく全て所有しているし、英語版全集(日本で出版されている!)も持っている。自分の人間観に大きな影響を与えた著者であることには間違いない。
 これらの例は、問題文の選択の重要性を語っているのかもしれない。テストのために使った文章が、学生・生徒に大きな影響を与えることもある。教育の一端に携わる者として、畏怖を覚えざるを得ない。自分の選んだ文書が、相手の生き方を決めることもあるというのであるから。
 新約聖書学者の大貫隆氏に、『隙間だらけの聖書』(教文館)という奨励・講演集がある。聖書には「隙間」がたくさんあり、それを埋めるのは「想像力」と「愛」だと大貫氏は語っている。その「想像力」と「愛」を育むのが、聖書以外のさまざまな本なのだと私は思う。どのような本を著し、また紹介していくのか。その重みと喜びとを感じつつ、新たな本との出会いを求めていきたい。

書き手
前川 裕

まえかわ・ゆたか=関西学院大学理学部教員・宗教主事

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