吉田亮著 アメリカ日本人移民キリスト教と人種主義(小檜山ルイ)

日系クリスチャンの多元性志向とその変化を丹念に追った力作
〈評者〉小檜山ルイ


アメリカ日本人移民キリスト教と人種主義
サンフランシスコ湾岸日本人プロテスタントと多元主義・越境主義、1877〜1950年を中心に

吉田 亮著
A5判・326頁・定価5940円・教文館
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 本書は、一八七七年から一九五〇年に、アメリカに在住した日系移民のうち、サンフランシスコ湾岸のプロテスタント・キリスト教徒を主たる研究対象とし、彼/女らが、生き残りをかけ、どのようにアメリカの人種主義に対処したかを論じたものである。
 第一章と第二章はそれぞれ一九世紀末における福音会と二〇世紀初頭における教派教会の成立と活動を、第三章と第四章は、一九〇八年以降の、日系クリスチャンによる中国賭博撲滅運動とキリスト教伝道運動を採り上げている。
 以上四章は、一九二四年の「排日」移民法成立までに、日系人クリスチャンが、先んじて排斥対象となった中国人から日本人を切り離し、また、自給自治の教会を立ち上げ、そこに日本的要素を加味して「多元的キリスト教」を構築することで、「日本人」はアメリカ市民となる資質を持つと証明しようとしたと論じている。著者の言葉を使えば、日本人移民を「同化可能」な「例外的人種」として構築する努力を通じて、「人種創成」を試みたというわけだ。

 第五章と第六章は、一九二四年に日本人が「帰化不能外国人」とされた後の戦略として、二世の日本留学と満洲伝道を採り上げている。この時期の在加州日本人クリスチャンは、祖国日本の文化的資源との結びつきをさらに強めつつ、その越境的性格に立脚して、アメリカの人種主義にも、日本の忠君愛国にもからめとられない、二世版の「多元的キリスト教」構築を試みた。また、満洲では、白人支配に対抗する大日本帝国という構図を背景に、アジア主義的な「多元的キリスト教」の創造が目指されたという。
 最終章は、戦中の強制収容、再定住の被害が少なかったニューヨークの日本人コミュニティに目を転じ、彼らが「同胞」や敗戦国日本への支援を通じ、諸人種・民族集団の文化的貢献を認める「文化的民主主義」に基づく「多元的キリスト教」の構築を目指したと指摘する。
 キリスト教史という観点から言えば、本書は、日系移民のキリスト教は多元性を志向し、その内容は、各時代の権力関係によって規定され、変化したことを明らかにする。
 著者吉田亮氏は、長年在ハワイおよびアメリカ本土日系移民とキリスト教の関わりを研究してきた、この分野の第一人者である。その特徴は、雑誌、新聞、教会記録等の一次資料を丹念に追い、未知の事績を掘り起こす、地道で粘り強い学術的姿勢にある。本書は、一九世紀末から二〇世紀におけるアメリカ人種主義に抗し、日本人移民を「例外的人種」として打ち出すプロジェクトにおいてクリスチャンが果たした役目を軸に、これまでの研究を整理したもの。「人種」が文化的・社会的構築物=権力関係の結節点であるというポスト・モダン的理解と、一九九〇年代末以降に盛んになった越境的な歴史叙述の潮流を積極的に取り入れた力作である。
 筆者にとって特に興味深かったのは満洲伝道である。アメリカの日本人移民クリスチャンが一九二〇年代以降満洲伝道に関わったことにこれまで注意してこなかった。一九二七年の日米親善「人形交流」の際、大連ではアメリカから贈られた青い目の人形に歓喜する現地日本人社会をアメリカへの迎合と批判する新聞投稿があった。なぜ、大連で批判が起こったのか、辺境地ナショナリズムだけでは説明しきれない。だが、満洲にアメリカで「排日」を経験した日本人がいて、自給自治志向のクリスチャンのリーダーシップもあったのなら、投稿の背景が見えてくる。調べる価値はありそうだ。

書き手
小檜山ルイ

こひやま・るい=東京女子大学教授

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