川島重成 著 見知らぬ神の跡を辿って(川田殖)

人間と人間を超えるもの
〈評者〉川田 殖


見知らぬ神の跡を辿って
新約聖書とギリシア・ローマ世界

川島重成著
四六判・344頁・定価3300円・新教出版社

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 今から七十年前、神田盾夫先生は草創期の国際基督教大学で、西洋精神の源流にある聖書と西洋古典に基づいて、人間と人間を超えるものとの出会いを講じ、心ある学生たちを魅了しておられた。著者はその衣鉢を継いでホメロスとギリシア悲劇を講じ、幾多の俊秀を育て、同時に旧約聖書の泰斗関根正雄先生に師事し、また新約聖書の講義を担われてきた。これらの舞台となった地中海世界に老若男女を伴って数十回、その魅力を体得させ、晩年の神田先生が主宰された有志の集会(ペディラヴィウム[=洗足]会)の理事長として奉仕された。このような著者に数々の名著があることは当然であるが、本書はヘブライズムおよびヘレニズム(聖書とキリスト教思潮、およびギリシア・ローマ思潮)として西洋精神の源流であるとともに、人間と人間を超えるものを示して今や人類の古典となった両思潮についての、広い視野からする問題の探究である。

 前半(第一部)は新約講義で、福音書から、愛敵の教え、罪を赦された人間のあり方、マルタとマリアの物語再考、イエスに香油を塗った女とユダの話、の四篇と、パウロ書簡から「神なき者の義認・全被造物救済の希望」「パウロの死生観・復活観」「パウロにおける和解と贖罪信仰」の三篇を含む。いずれも聖書の根幹に関わる重大なテーマであり、古典学と聖書学双方の学識に裏付けられた著者ならではの緻密かつ柔軟な解釈が私たちの目を開かせ、聖書の読み方に反省と改革を迫る。安直な二分対立的思考と神なき安手のヒューマニズムの訂正を迫る。最後の一篇はパウロを踏まえた関根先生の「無信仰の信仰」への著者の応答であり、それ自身著者の信仰を語っている。
 後半(第二部)はまさに著者の独壇場、その面目躍如である。最初の論考「ギリシア思想と福音」で著者は、キリスト教とギリシア思想との出会いをまず通時的・歴史的に、ついでギリシア思想の本質を共時的・歴史超越的に取り上げ、最後にキリスト教以前のギリシア思想のおのずからなる進展がいかに福音の受容を準備していたか、いわゆるpraeparatio evangelica の可能性を提起し、それに続く論考「ローマ世界と初期キリスト教」で、その原初的展開を辿る。いずれも熟読すべき名論である。
 第三論考「ウェルギリウス『牧歌』第四歌における黄金時代─ ─イザヤ書のメシア預言との類似性をめぐって」は上記の関心よりする緻密な研究であり、そこには聖書解釈学固有とされる予型論が文化横断的に用いられる。第四論考は著者が若き日から親しまれた森有正の思想展開の中でギリシアの果たした役割を論じ、体験と経験による信仰が確認される。
 第五論考は前述した地中海世界の旅の中で「見知らぬ神」がいかに模索されたかの跡を探りつつ、ギリシア人が「見知らぬ神(力)」と呼んだダイモンに及び、パウロのアレオパゴスの説教(使一七16─)につなげている。「人間を超えるもの」への関心は学者だけのものではなかった。読者はここで著者が本書の標題を「見知らぬ神の跡を辿って」とつけた意味を知らされる。この思いで読めば最後の短章五題が珠玉の文章であることに気づく。
 以上は雑駁な紹介と感想であるが、本書の諸文章が五十年に亘ることを思えば、本稿の始めに記した著者の歩みと研究・教育の歩みが、人間とそれを超えるものとの出会いと対話を中心にしていたことがわかる。著者の信も知もこの中で生かされたのであり、このような信と知こそ私たちが学ぶべきものではないか。このことを豊かに盛る本書の熟読と著者のご加餐を切に願ってやまない。

書き手
川田殖

かわだ・しげる=哲学徒

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