一つの家族史から見る、近代日本のキリスト教受容
〈評者〉遠藤勝信
本書は、著者自身の家系を縦軸に据え、近代日本におけるキリスト教受容の歩みを描いている。
第一章では、幕末に来日した宣教師たち(著者の家系に関わったのはJ・H・バラとE・R・ミロル)と、彼らを通して信仰を受け入れた沓掛家(著者はその五代目)の人々の姿が記録される。著者の信仰の源流は、一八七六年に弘子と友太郎(弘子の姉・みやの長男)が、同年設立の上田日本基督公会の初穂として受洗したことに始まる。弘子はのちに日本最初期の女性伝道者(バイブル・ウーマン)となり、友太郎も上田教会で執事、後に長老を務めた。著者の祖母・日野忍は三十四歳で夫を天に送ったが、五人の子を立派に育て上げた。毎朝四時に起き、聖書を読み祈る生活を続けた祖母の敬虔な姿は、著者の信仰形成に大きな影響を与えたという。戦前・戦中・戦後の激動期を背景に、著者の両親もまた信仰を継承し、聖書に生きる姿勢を崩さなかったことが語られている。
第二章では、明治・大正・昭和を通じてキリスト者として歩んだ家族史が整理される。沓掛家を起点に、忍、恵美子、著者へと受洗の系譜が続き、特に女性たちが信仰を支え、生活の中に祈りを根づかせてきた姿が印象的である。本章では、弘子とその姉・みやの関係について、従来の研究(『文化論集』第34号、二〇〇九年)に誤りがあった点を、独自の調査に基づいて訂正しており(四〇─四一頁)、学術的な功績として注目される。
第三章では、九十二年の歩みを振り返る中で「書き残したいこと」として三つの観点が示される。すなわち、①女子大だからこそ成し得る教育の重要性、②人が揺るぎない生を得るために求められる人格形成の必要性(横軸のみならず、絶対者=神との縦軸の構築)、③挫折や困難を越えて歩むための「積極的人生の秘訣」十五項目、である。
そのほか、三笠宮崇仁親王が東京女子大学の非常勤講師を務めた初年度(一九五五年四月)に助手を務めたこと、米国留学中に街角で演説していたM・L・キング牧師と会話し抱擁を交わしたこと、さらにハーバード時代にはH・ナウエン氏とすれ違った際に「Crushed grapes produce delicious wine(押しつぶされた葡萄は美味しいワインを生む)」との言葉を受け、それが著者の座右の銘となったことなど、一世紀近い歩みの中での貴重な出会いのエピソードも語られており、興味深い。
本書の魅力は、単なる自伝や家族史にとどまらず、信仰と歴史の交差点に立つ人々の証言を通して、日本におけるプロテスタントの歩みを体感させてくれる点にある。戦時下に憲兵隊に幾度も連行されながら、大学の建学の精神を守り抜いた石原謙学長の姿勢には、襟を正される思いがする。
結びに、歴史家としての著者は、初代教会の信徒たちが苛烈な迫害下にあっても「永遠のいのち」を信じ、「あしたは必ず来る」との希望を告白し、毅然として生き抜いたことを振り返る。九十余年を生きた者の実感に裏打ちされた「あしたは必ず来る」という言葉は、この信仰の系譜に繫がっている。本書は、一つの家族の物語を超えて、キリスト教信仰が困難な時代を越えさせる力であることを鮮やかに示す記念碑的作品である。














