剛毅さと豊饒さに溢れた伝道者列伝
〈評者〉山北宣久
全国同信伝道会が編集、発行した『天上の友』は第五編を数え、今回は十一年ぶりの出版となる。「日本の伝道を担い、いまは『天上の友』となった一三四名の先人たちの働きを思い起こす。」と帯に記されているごとくだ。
「イエスは、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた」(マタイ九・三五、四・二三)。この主のなされた救いの業に応答し、教会・伝道所をはじめ学校や福祉等の関係団体、施設で宣教に従事した方々の尊い働きが今なお「世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保」っている(フィリピ二・一五~一六)。
お一人について一頁分、わずか六〇〇字でまとめるという不可能を可能にした各執筆者と六名の編集委員諸氏の労作を多とし、感謝と敬意を表してやまない。
『天上の友』の各々の略伝、足跡、人生のハイライトとともに、その方のモットー、人柄についてのコメントも散在する。「人を育て続けた生涯であった」「すべて神様の計画、御業なんだよ」「誰にでも向けられる屈託のない笑顔は、教会に来る者の疲れを癒し、重荷を軽くした」「慙愧に耐えない老後を過ごした。神に謝ってのみの生活であった。悔いるのは、本人たちに謝らなかったことである」「最後の一人になっても切り捨てない」「じゅみょうとは神から授かった命、授命です」「教育とは教えることや教えられることではなく、一つの出会いであり、チャンスである」「神にすべてを委ね、恩寵のもと笑顔で最期を迎えることができれば他は何もいらない」等々。「彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている」(へブル一一・四、口語訳)との御言葉の証言満載でもある。
会衆主義教会の伝統と精神を継承し、「キリストにある自由を生きる群れ」の多様性Unity in Varietyを生かして余りある豊潤さに励まされる。本書の編集委員長を担った上林順一郎氏の著書『「引き算」で生きてみませんか』の中で、「アメリカ人宣教師が『友』という漢字を見たとき、人が十字架を担いでいる姿に見えた」というエピソードを紹介していた。『天上の友』に登場した先達は、十字架を共に担いで歩んだ面々なのだと改めて想った。天上のみ賑わい、地上の陣営が手薄なるを憂うのだが、次世代に向けて導き、目標そして励ましを与える本書は、貴重な道しるべとしても用いられるであろう。
私は日本基督教団の「荒野の四〇年」と言われる時代に総会議長を務めさせていただいたが、その中で激しく対峙した方々の名を見出し、いささかの感慨を催した。「友となるには砲煙が必要」とニーチェは言ったが、大いに鍛えられ、覚醒させられた人々であった。「鉄は鉄をもって研磨する。人はその友によって研磨される」(箴言二七・一七)
そんな対岸にあるやに思える者に、拝読すべき重さ深さを有する『天上の友』の書評を委ねてくれた全国同信伝道会の包容力に崇敬と謝意を表する。教団の「友」でよかった。














