
1991年に私がアメリカ留学をする直前、父の書棚に金達寿が著した「日本の中の朝鮮文化」という一冊を見つけた。父は長年中学高校の地理の教師であったが、大学生時代は歴史が主専攻だったので、関心があったのかもしれない。私は自分にとって日本とは何かを見つめてみたいと思ったので、借りていくことにしてアメリカで少しずつ読み進めた。
本を開いて衝撃だったのは、日本の地名には朝鮮文化と結びつくものが多いことであった。また人の名前でも知らなければ朝鮮との関係に気付かないまま過ごしてしまうことがあるのに目を開かせてくれた。姓は通名で名は日本名とも朝鮮名ともとれる名前は、高校時代の同級生にいたことを思い出した。
この本によって自分が暮らす日本には朝鮮文化が流れ込み、それが今の日本を作っていることを意識するようになった。半島から渡ってきた人たちがいたという歴史は現代日本の大前提である。しかし日本の中では韓国・朝鮮の出身者が差別をされるという問題が21世紀の今日も起きている。これは日本の歴史的土台を否定しているような気がしてならない。
私が小学生のころ、両親が一枚の葉書をめぐって言い争いをしていた。「あなたが署名をしたから、こんな葉書が来たんでしょ」と母が言うと、父は落ち着いて言葉を返していた。後で分かったがこのやり取りは「日立就職差別事件」に関するものだった。韓国・朝鮮人差別に反対する父は、署名活動に関わっていたのだ。その父が育ったのは、被差別部落ではないが、近隣では侮蔑の対象となった地域である。今では住宅が立ち並んで、侮蔑の言葉は過去にのみ響く。
偏見にとらわれずに日本を見つめ直すことは、日本の豊かさに気付く道である。それは自分にもつながっている。私の苗字は「新倉」のはずだった。「くら」は朝鮮半島につながるとか。
(あらい・じん=紅葉坂教会牧師)













