信仰の意味を再確認させる適切な道案内
〈評者〉阿部仲麻呂
『命題集』と言えば、12世紀のペトルス・ロンバルドゥスという名前が即座に浮かびます。彼は①古代から中世期に至る地中海世界のキリスト教関連の写本を洗いざらい調査し、蒐集し、すべて読み深めたうえで、②その後で「司祭職を目指す者たちの学習の便宜」を考慮して秩序正しく段階的に哲学と神学の基礎が身につくような教科書を編纂しました。つまり①キリスト教信仰に関するあらゆる記録を整えて神学の重要な理論的な骨組みを再編成してから、②相手に理解し易いように物語る教科書は西洋中世キリスト教世界観を成立させる標準的な土台となりました。13世紀のキリスト教思想黄金時代の聖トマス・アクィナスもまたロンバルドゥスの教科書で勉強して、その後も『命題集』講師として段階的にパリ大学の教授職の階段を昇ったのでした。聖トマスによる『神学大全』もまたロンバルドゥスの『命題集』を基礎として生まれた作品でした。
金子晴勇先生はロンバルドゥスの二つの工夫(右の①と②)の精神を継承して現代の『命題集』を刊行しました。ロンバルドゥスの二つの工夫に魅せられて、評者もまた①洋の東西のあらゆる文献に目をとおしてから、②学生たち個々の状況に合わせて順序正しく物語る日々を過ごしますが、教科書を作成する決意をするだけで幾星霜の歳月が無駄に流れました。
しかし評者は今回勇気づけられました。金子先生が着実に理想的な信仰の教科書を完成させたからです。聖トマスや聖ボナヴェントゥラなどの有為な神学者たちを多数育てる教科書を作成したロンバルドゥスの精神性が日本でも花開きました。ヨーロッパ近世以降、人間中心主義の思潮が勃興してキリスト教的な世界観が脇に追いやられてからとうもの『命題集』の精神の継承が途絶えました。金子先生はロンバルドゥスの精神を的確に把握してから現代の生活状況も踏まえて構築し直しました。こうして古代から現代に至る新たな『命題集』が完成しました。
本書の構成は見事です。「第一部 人間学的命題集」で哲学的な内容を究め、「第二部 神学的命題集」で神学的な内容を究め、日本の一般読者が取り組みやすい順番を設定するとともにヨーロッパの学習課程としての哲学から神学の学びへという階梯をも踏まえたからです。人間として生きることの意味を問う哲学を理解してから、人間を超える創造主としての神を探究する神学の思考法を身に着ける段階的な導きは鮮やかです。こうして本書が信仰の意味を再確認させる適切な道案内を実現します。
本書をよく読むと、実は金子先生の若き日からの研究成果が全部とり込まれており、75年以上の研究遍歴あるいは思想構築の順序が浮かび上がります。その意味で、本書そのものが履歴書であり、個人の学問研鑽が人類全体の哲学および神学の学びの成熟過程とも重なることが興味深いです。まさに成長する個々人の動向と、個々人が相互協力して創り上げる人類共同体文化の動向とが連動します。それこそがキリスト教思想史を描き切った碩学の金子先生の独自性です。つまりキリスト者の共同体を大局的な視点から眺める鷹揚さと、各地の生活に密着して生きる個々人への細やかな慈愛深さとを両立させる複眼的な思索を今日も紡ぐ知の巨人の謙虚さを金子先生が輝かせます。