分断の時代の架け橋として─聖人の言行が我々に示すもの
〈評者〉岩崎真紀
本書は日本ハリストス正教会京都正教会で長司祭を務める及川信氏による、ヨーロッパや小アジア、北アジアに生きたキリスト教の聖人たちをめぐる物語である。著者が過去に著した二大祭日(降誕祭 と復活祭)にちなむ著作『クリスマス小品集 みちびきの星』(ヨベル、二〇二一)、『イースター小品集 わたしが十字架になります』(同、二〇二三)につづく第三弾にあたる。
七つの小作品から成る本書の舞台はイスパニア(スペイン)とユダヤ(パレスチナ、イスラエル)からはじまり、リキア(トルコ南沿岸)、ローマ(イタリア)、ブリタニア(イギリス)とアイルランド、コンスタンティノポリス(トルコ・イスタンブル)、ゲルマニア(ドイツ)、シベリア(ロシア)、時代は十二使徒が生きた一世紀から日本に正教がもたらされる直前の一九世紀後半までと多岐にわたる。読者は時間と空間を超え、聖人たちの揺るぎない信仰心、他者への無償の愛、そして彼らが起こした奇跡の物語へと誘われる。祝祭をモチーフにした物語のほとんどは著者による創作であるものの、その根底には実際に正教会に伝わる伝承や聖人伝が横たわっている。
第一話「星降る大地」は十二使徒の一人聖ヤコブ(一世紀)、第二話「くつしたの贈りもの」はサンタクロースのモデル聖ニコラウス(四世紀)、第三話「恋人たちの夜明け」は聖バレンタイン(?~二六九頃)、第四話「とらわれびとのクリスマスツリー」はアイルランドの使徒聖パトリキウス(?~四五七/六一)、第五話「きらめく聖歌」は名聖歌作者聖ロマン( 四九六~ 五五六)、第六話「聖樹伝説」はドイツの使徒聖ボニファティウス(六七二/五~七五四)と聖リオバ(七一〇頃~七八二)、第七話「オーロラに照らされて」は北米の亜使徒聖インノケンティ(一七九七~一八七九)と日本の亜使徒聖ニコライ(一八三六~一九一二)がそれぞれ主人公である。
七つの物語のあとには各物語の象徴性についての土田定克氏(ピアニスト、尚絅学院大学教授、仙台ハリストス正教会聖歌隊正指揮者)による明快な解説「聖なる美は 時空を超えて」がつづく。作品世界の理解を助ける色彩豊かでシンボリックな種々の挿絵はイコン画家の白石孝子氏による。
本書のほとんどの物語に共通しているのは、聖人と彼に従った敬虔な信徒たちが、キリスト教が受容されていない土地で、真摯に、そして、平和的に、宗教的・文化的他者と向き合い、分断された二つの共同体の架け橋となりながら、神のために生を全うしたという点である。
翻って我々が生きる二〇二五年はどうだろうか。海外ではウクライナ戦争、ガザ人道危機、アメリカ新政権のDEI(多様性、公平性、包摂性)政策廃止、日本国内では首長選挙における対立候補やその支援者に対するSNSを通じた誹謗中傷や真偽不明の情報の流布、学校・会社でのいじめやハラスメント、家庭でのDVや虐待等、国家間、集団間、個人間の分断や他者への物理的・心理的攻撃は枚挙に暇がない。
本書に描かれた聖人たちの宗教的・文化的他者への向き合い方は、時代や民族、文化、宗教の違いを超え、現代に生きる我々が異質な他者といかに共生していけばよいか、実に多くの教訓を伝えている。