不安と孤独は神と出会うところ その旅路に同伴する書
〈評者〉増田 琴
精神科医として臨床と研究に携わり、死生学の講義を行ってきた著者のこの新刊には、現代社会を生きる私たちがこころの健康を守るためのヒントが綴られています。
第1章の病気と健康の基礎知識では、精神疾患と健康の概要が説明されます。その中で、言葉の問題にも触れています。精神疾患は「こころの病」なのか。母の精神疾患に向き合ってきた方が、それは脳という臓器の働きの不具合であると認識することによって「不調な脳の持ち主であるお母さんへのリスペクト(敬意)を取り戻し」ました(23ページ)。「リスペクトを取り戻す」。それは本書の通奏低音となっています。知識によって、社会的に植え付けられてきたイメージや、偏見に基づく他者の視線によって傷つけられた自己へのまなざしを回復できるのです。
第2章は具体的な精神疾患の症状について説明されますが、「症例」ではなく、かけがえのない一人が全人的に受け止められている安心感を覚えます。
「病にはメッセージがある」という語りから始まり、「誤った意味づけや間違ったメッセージを退ける」必要性が説かれます。行き場がないための社会的入院など、社会の側の課題が浮き彫りにされています(87ページ)。「癒やし」とは、疾患の治療のみならず、共に生きる者との相互的な関係の中で与えられるものというメッセージは、私たちのあり方を問うているのでしょう。
第3章では「不安」を病的な不安と健康な不安とに分類し、努力によって取り除くことができるかなど、不安を直視することによって見えてくる姿を開示しています。孤独についても同様、孤独のもつ積極的な側面について、リトリート(神に心を向けるため日常から離れて過ごすこと)や沈黙のもつ積極的な効用が語られ、「孤独」と「孤立」の違いについて説明されます。それらは、安心できるコミュニティを喪失した現代人への深いメッセージです。
本書は聖書からの引用も多く、信によって生きることへの招きともなっています。不安と孤独は死別などの喪失によって生じやすいものですが、「いつも目の前に見ていた相手と会えなくなるとき……その人の記憶や印象があらためて再構築され……それは以前とは違う永続的な力をもって私たちを内から支える」(160ページ)といいます。喪失体験から立ち上がった弟子たちに聖霊が注がれてキリストのイメージが確立されたのがペンテコステだという説明は、喪から新生へという現代を生きる私たちへの励ましのメッセージともなっているのです。
第4章はより積極的に不安と孤独を生き抜くあり方について述べられます。安息日の叡智、断酒会から広がっていく「無批判の語り合い」によってやわらげられる孤独、集うことで与えられる無条件の受容、そしてスピリチュアル・ペイン(霊的な痛み)の癒やし。それらはキリスト教会が本来もってきた力であるはずです。教会の交わりのあり方を考えさせられます。
不安と孤独は神と出会うところ。その旅路に寄り添い、適切なサポートを与える道案内の同伴者。ぜひ、手に取ってお読みください。