▼シリーズ この三冊!聖書とは何かを考えるなら、この三冊!(山﨑ランサム和彦)

 聖書は言うまでもなくキリスト教の聖典、そして正典です。どのような伝統に属するにしても、キリスト教徒は何らかの意味で聖書を権威ある「神の言葉」と受け取ってきました。中でも宗教改革以来の「聖書のみ(solascriptura)」の伝統に立つプロテスタント教会においては、聖書はクリスチャンの信仰と実践における唯一で最終的な権威として、中心的な位置を占めています。
 これほどに重要視されている聖書ですが、いざその聖書をどのように解釈し、現代の複雑な状況に適用するのか、という段になると、キリスト教会のコンセンサスは途端に失われ、混乱を極めているのが現実です。プロテスタントは聖書を唯一の最終的権威としてしまったがために、多様な聖書解釈のどれが正しいかを判定するための共通の基準を自ら放棄したとも言えます。この「『聖書のみ』のジレンマ」は、宗教改革から五百年以上を経た現在も未解決のまま残されています。そして教会が現在直面している喫緊の課題に向き合おうとするときに、対立する意見を持つ人々の議論が平行線をたどるような光景が繰り返されています。より保守的な人々は聖書テクストの表面的な文言をそのまま現代の状況に当てはめようとして、様々な場面で軋轢を生み出しています(この点で現在訳者も所属する福音派の聖書観は時に「聖書崇拝(bibliolatry)」と揶揄されることがあります)。反対に、一部の人々は、聖書の大部分は現代に合わない「時代遅れ」のものとして捨て去ろうとします。私見では、このような論争の多くは、単なる聖書解釈の違いに起因するものではなく、より根底にある聖書論──聖書はどのような書物であり、どう機能するのか──の違いによるものです。聖書がどのような書物であるかが分からなければ、それをどう読めば(解釈すれば)良いのかも分かりません。聖書が「神の言葉」であると言うだけでは不十分です。どのような意味で、聖書が「神の言葉」であるかが問われなければならないのです。
 日本における福音派でも、古くは一九八〇年代に聖書論に関する論争が起こり、日本プロテスタント聖書信仰同盟(JPC)がアメリカの福音派を中心に採択された「聖書の無誤性に関するシカゴ声明」(一九七八年)の影響を強く受けた「聖書の権威に関する宣言」を一九八七年に採択する一方で、榊原康夫、村瀬俊夫、中澤啓介といった、より柔軟な聖書論を持つ優秀な神学者たちが福音派の主流から離れて行きました。それ以降日本の福音派では聖書論に関する議論が停滞していましたが、ここ十年ほどの間に再び、この問題が活発に議論されるようになってきました。二十一世紀になってからの聖書論への関心の高まりは、複雑に変化する時代の現実に対応していくために、従来の福音派の聖書論(たとえば聖書の無誤性の主張)では対応しきれなくなっているとの認識が、若い世代を中心に広まりつつあるしるしかもしれません。それを反映して、福音派の中でもより多様な聖書論の理解が見られるようになってきています(もちろん、昔ながらの聖書論を大切にしている人々もいます)。
 ここでは、最近日本語で出版されたものを中心に、信仰者にとって聖書とは何かを考える上で、筆者の参考となった本を紹介させていただきます。福音派に特化した視点から書かれているものもありますが、ご理解いただきたいと思います。いかなる解釈も読者が置かれている特定の歴史的コンテクストからくる制約から完全に自由になることはできない、ということもまた、聖書解釈における原則です。のみならず、ドナルド・トランプが返り咲いた今年のアメリカ大統領選挙でも明らかになったように、特にアメリカの福音派は世界情勢にも少なからぬ影響を与えていますので、福音派の聖書論にどのような動きがあるのかについて、福音派以外の方々にも関心を寄せていただけるのではないかと考えています。

マーク・ツヴィ・ブレットラー、ダニエル・J・ハリントンS.J.、ピーター・エンス
『聖書学と信仰者 信仰者は批判的聖書学とどう向き合うべきか』


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『聖書学と信仰者──信仰者は批判的に聖書学とどう向き合うべきか』
・マーク・ツヴィ・ブレットラー、ダニエル・J・ハリントン S.J.、ピーター・エンス:著
・魯恩碩:訳
・新教出版社
・2024 年刊
・A5 判 219 頁
・2,970 円

 聖書を構成する各書巻は具体的な歴史的状況の中で、人間の著者(あるいは共同体)を通して書かれ、編纂され、最終的に正典として成立してきました。したがって、聖書を「神の言葉」と受け取る信仰者であったとしても、聖書の歴史的・人間的側面を無視することはできません。聖書がどういう書であるかを理解しようとすれば、各文書の歴史的成立過程やその背後に存在した歴史的状況、そしてオリジナルの歴史的コンテクストにおいて各テクストが何を意味していたのかの研究は欠かせません。本書はユダヤ教、ローマ・カトリック、プロテスタントという、異なる宗教的背景を持ちながら、共に聖書の歴史的・批判的研究に献身する聖書学者による論集です。各著者のエッセイの後に残りの二人からの応答が付けられるという構成になっています。著者によって批判的聖書学への関わり方は微妙に違いますが、共通して語られているのは「信仰と批判的聖書学は両立する」ということです。

N・T・ライト
『聖書と神の権威 聖書はどういう意味で「神の言葉」であるのか』


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『聖書と神の権威──聖書はどういう意味で「神の言葉」であるのか』
・N・T・ライト:著
・山﨑ランサム和彦:訳
・あめんどう
・2024 年刊
・四六判 280 頁
・2,750 円

 世界的に著名な英国の新約聖書学者、N・T・ライトの聖書論です。彼は、聖書は道徳のルールブックでもなければ真理の情報の貯蔵庫でもなく、神についての(未完の)物語であると主張します。しかし、物語が権威を持つとは、いったいどういう意味でしょうか?彼によると、それは信仰者に神の物語の登場人物としてのアイデンティティを与え、現在進行中の神のドラマにおいて、これまでの物語の展開に忠実であり、かつ神が指し示す終末のヴィジョンに向かって歩んでいくような適切なパフォーマンスを求める、ということです。そこでは、単に断片的な聖書箇所を証拠聖句的に当てはめるようなナイーヴ読み方は用をなしません。教会は、聖書が示す軌跡に沿った、「今・ここ」にふさわしいパフォーマンスを創造的に考えていかなければならないのです。
 訳者でもある私はもちろん、ライトの基本的な聖書論に賛同しますが、彼が巻末に付けているケース・スタディーには同意できない部分もあります。それについては「訳者あとがき」でごく簡単に触れていますが、より詳しくは拙ブログ「鏡を通して」https://1co1312.wordpress.com/でお読みいただくことができます。

藤本満『聖書信仰 その歴史と可能性』


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『聖書信仰──その歴史と可能性』
・藤本満:著
・いのちのことば社
・2015 年刊
・四六判 411 頁
・3,080 円

 本書はちょうど一〇年前の二〇一四年十一月に持たれた日本福音主義神学会全国研究会議で行われた講演が元になっています。ここで藤本氏は福音主義の聖書論(日本ではしばしば「聖書信仰」という曖昧なスローガンで表明されます)のルーツを歴史的に丁寧にたどっていきます。現代の日本の福音派で広く受け入れられている「聖書信仰」は、「シカゴ声明」的な「真理の啓示」としての聖書を強調するタイプの聖書論です。そこからさらに歴史を遡っていくと、より救済論的な、「読む者を救いに導く聖書の力」を強調する流れの福音主義もあったことを藤本氏は明らかにし、本来福音主義が持っていた豊かな多様性を内包する「聖書信仰」の回復を訴えています。
 本書で藤本氏が提示した福音主義的聖書論は、氏の近刊である『LGBTQ聖書はそう言っているのか』(イクススeブックス、二〇二四年)において具体的な結実が見られます。そこでは性的少数者を排除し断罪するために伝統的に用いられてきた聖書箇所を一つ一つ吟味し、当時の歴史的背景も考慮しながら釈義がなされ、同時に従来の福音派の聖書論の見直しも主張されています。

 以上、私の個人的な立ち位置と関心に基づくごく狭い視点からではありますが、いくつかの書物を紹介させていただきました。福音派・主流派、あるいはプロテスタントであるとないとを問わず、聖書を神の言葉と信じるすべてのキリスト者は、「聖書とは何か」という問いに絶えず向き合っていかなければならないと感じています。

書き手
山﨑ランサム和彦

やまざきランサム・かずひこ=聖契神学校教務主任

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