キリスト教思想史で最初の教義学的著作
〈評者〉金子晴勇
本書はオリゲネス(ca185-ca254)の主著『諸原理について』の新訳です。一般に思想史の研究は翻訳に始まり、その後の研究を採り入れながら、とりわけ底本の改訂版が出たときには、それに関する新しい研究をも取り入れながら、旧訳を完成させることが行われています。訳者の小高さんはこの新訳でそれを試み、模範的な仕事を成し遂げられました。それは実に素晴らしい快挙であると言うことができます。
この作品のギリシア語原典は散逸したので、全体はルフィヌスのラテン語訳でのみ残っています。それを訳した最初の創文社版(一九七八年)は実にわかりやすく平明な訳でしたので、わたしはそれを使ってオリゲネスの神学を学ぶことができました。しかしその後、原典のギリシア語の一部分が校訂本に組み入れられたので、その新版をわたしも読まねばならないと感じていました。ところがこの度の新訳では、ラテン語訳とギリシア語断片の日本語訳がわかりやすく並べて示されていますので、とても学びやすくなっています。
二世紀の終わりごろに当時の文化都市アレクサンドリアには教理問答学校があって、学問の一大中心地となっていました。そこで彼は教育を受け、さらにその教師として活躍しました。またオリゲネスは新プラトン主義の開祖アンモニオス・サッカスの教えを受け、豊かなギリシア哲学の教養をもってキリスト教の教義を組織的に解明しようと努めました。彼はこの主著『諸原理について』において、当時の文学類型である用語を積極的に用いて、ギリシア哲学の自然学が取り扱う問題──神・自然・人間──を考察し、キリスト教の教理を当時の人々に初めて組織的にわかりやすく提示しました。博識な彼は実に多くの文献を参与しながら聖書を解釈し、信仰の思索を展開させ、キリスト教の教えを確立し、キリスト教思想史で最初の教義学者となりました。
彼はその学友の新プラトン主義者プロティノスが神なる一者からの世界の流出を考えたのに対し、神の世界創造を説き、ギリシア哲学者との一致点と相違点と明確に説き明かしました。そのさいユダヤ人のプラトン主義者フィロンの影響を受け、創世記一章と二章とを二重創造説として説き、魂の先在説を認めたため、異端視されるようになりました。だが、それも当時の世界観を使って人々がキリスト教をよく理解できるようにするために、プラトンの思想が使われたからなのです。
この度の訳書には付録として『ヘラクレイデスとの対話』という短い作品が付けられています。それによってわたしたちは当時の迫害の様子とオリゲネスの信仰がいかに優れているかを学ぶことができます。
金子晴勇
かねこ・はるお=岡山大学名誉教授、聖学院大学名誉教授