自らの人生を責任をもって生きる指針
〈評者〉林田憲明
この本はウィーンの精神科医ヴィクトル・E・フランクルの提唱したロゴセラピーという心理療法を紹介しながら、「私は何のために生きているのだろうか」「どのように生きていけばいいのだろうか」という問いかけに対して、具体的な指針となるような答えを出そうと試みています。ともすれば哲学的で難解だと敬遠されがちなロゴセラピーを一般の人たちにもわかりやすく解説するために、各所に古今東西の昔話や逸話をちりばめ、中高生でも理解できる内容になっています。
本書は、人間にはどんな過酷な状況に陥ってもそれに打ち勝つ力があるはずだという根源的信頼から話が始まります。そして苦難を乗り越えるためには、時代や地域を超えた客観的な価値である・意味・を目標にすることが求められます。しかしその意味を実現するためには、自分を束縛している制約の鎖を断ち切ることも必要です。そのエネルギーとなるのが、心と体のほかに私たちに宿る精神です。健全な精神を鍛え維持することは、私たちが自らの人生を自由と責任をもって創り上げるためには必要なことだ、と本書は説いています。
著者の勝田氏はフランクルが弟子たちの中でも最も高く評価したエリザベート・ルーカスのもとで学び、日本人として初めてロゴセラピスト資格を取得しました。これを日本で普及させるために、2001年から入門ゼミナールを開始しています。
私はこのゼミに2013年に参加するようになって以来、医者としてフランクルの思想をどのように医療の場に適応することができるかをずっと考え続けています。短い外来の会話の中でも、患者が自分の人生に意味を感じるようになるきっかけを与える機会はそうまれではありません。
症例を一つご紹介しましょう。一人暮らしの82歳女性。趣味サークルの人間関係がこじれたことから神経が不安定になり、手のしびれ・震え・不眠などが発症。そのために神経内科を受診後、心療内科に通院し投薬開始。主治医の転職を機に私の外来受診となりました。当初は「何もする気がしない」「もう一人で生きていく自信がない」など消極的な発言が目立ちました。私は患者の考え方が否定的なことから肯定的なことへと移行するようにと、症状に関するテーマはなるべく避け、いろいろな充実した過去の思い出や意味ある活動を話すように仕向けました。すると毎月20分間の面談を根気よく繰り返した半年後に、患者の考え方に少しずつ変化が現れ、行動にも前向きな生活態度が見られるようになりました。これは、『どんなに心と体に病気があっても、精神は決して病むことはない』というフランクルの説のとおりなのです。失われていた精神的な力が心の中に戻ってくると、人間は自分の存在に意味を感じるようになるのです。この女性は1年後には、隣の住人の世話を焼くほどにまで回復しました。
私はこのゼミを通じて多くの参加者、特に失意のうちにこのゼミにたどり着いた人たちが年々たくましく生まれ変わっていく姿を見ることができ、フランクルの洞察の正しさを強く感じています。本書が多くの人たち、とりわけ人生に悩んでいる人たちに読まれ、その方々の人生が豊かなものになっていくことを願うものです。
林田憲明
はやしだ・のりあき=聖路加国際病院元副院長