2011年9月に発行された三浦しをんの小説『舟を編む』には、国語辞典の編纂に取り組む人々の姿とその情念が描かれている。それからちょうど一年後の2012年9月に『教会福音讃美歌』は発行された。私が『舟を編む』を読んだのは、『教会福音讃美歌』の編集作業をすべて終え、歌集が書店に並んだ後だった。
読みながら、辞書と讃美歌集の編纂に多くの共通点があることに気付き、感慨深いものがあった。辞書(「舟」)が、ことばの海を渡るために有用なツールなら、讃美歌集は信仰の海を渡るために有用なツールである。辞書や讃美歌集は(希有な例外は除くとして)一人の力で書き上げられるものではない。だから編集という仕事が大切になる。編集者は、この仕事に全力を傾注しつつ、執筆者や作品を生かすために、自己表現については抑制的でなければならない。調査、収集の範囲は、古今東西、あらゆる時と場所に及ぶが、辞書や讃美歌集を実際に手にして用いるのは、同時代の同国人である。だからトレンドへの目配りも求められる。
今後何十年かで、辞書や讃美歌集の形態は大きく変わるかもしれないが、それでも編纂という仕事が、地道で、根気と克己の要る仕事であることは変わらないだろう。編纂に関心のある人には、そのような現場の空気を知るために『舟を編む』を読むことを勧めたい。
讃美歌集の発行は何十年かに一度のことであり、様々な条件がかみ合わなければ、編纂の現場に遭遇することはない。私が『教会福音讃美歌』編纂に関わることができたのは、一重に神の導きと言うしかないと思っている。そして、この仕事がなければ出会えなかったであろう多くの素晴らしい方々と知り合うことができ、教えや批判を頂き、励まされ、助けられてきたことは、今の私にとって大切な財産となっている。導きの神と素晴らしい同労者たちに心から感謝したい。
教会福音讃美歌
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中山信児
なかやま・しんじ=一般社団法人福音讃美歌協会理事長
- 2021年5月3日