十七世紀と現代を橋渡しする、厳密さと配慮に満ちた翻訳
〈評者〉青木義紀
三訂版 ウェストミンスター信仰規準
松谷好明訳
A5判・370頁・定価2420円・一麦出版社
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二〇一二年は、ウェストミンスター研究にとって重要な年となった。チャド・ヴァン・ディクソーンという研究者の編著によって、『ウェストミンスター神学者会議議事録と会議関連文書』(The Minutes and Papers of the Westminster Assembly 1643-1652, 5 vols. [Oxford, 2012])という膨大な資料と研究が出版されたからである。これによって会議の具体的な内容がより一層明らかとなり、信仰規準成立の背景にある議論ややり取りが知られるようになった。しかし訳者である松谷氏は、この出版のはるか前から、すでに会議の議事録や関連文書に直接当たり、独自の研究を進めてきた。その蓄積は、すでに様々な著書や訳書によって日本に紹介されている。間違いなく、我が国のウェストミンスター研究の第一人者である。
松谷氏のウェストミンスター信仰規準(信仰告白・大教理問答・小教理問答)(以下「ウ規準」と略記)の翻訳は、これで三度目。前回の改訂版から二十年ぶりの翻訳である。氏が一貫して主張するウ規準の基本的性格は、プロテスタント宗教改革の総決算、イングランド・ピューリタニズムの精華、リフォームド・エキュメニズムの三点であり、本来の歴史的文脈に沿って本文を解釈することの重要性を変わらず訴え続けている。そうすることで初めて、現代的な意義も生まれるという。ここには、聖書解釈のあるべき基本姿勢にも通ずる、信条文書を読む上での重要な態度が窺える。
今回の「三訂版」の特徴は、以下の三つの新機軸にある。第一は、最新の翻訳、研究、注解を網羅し、これらを踏まえた上で、訳語・訳文を練り直した点である。一見すると、「なぜ?」と思う翻訳もあるが、当時の議論と背景を熟知した訳者が、現代日本人の神学理解を考慮して、絶妙な訳語・訳文を当てている。また全体を読むと、他の箇所での使用例を踏まえた上での訳語選択をしていたことに気付かされる。実に全体を見、バランスを考え、考え抜かれた訳である。氏は現在、信仰告白の注解書を準備中と聞く。詳しくは、その出版に期待したい。
第二は、特に信仰告白に当てはまるが、どんなに長文であっても一文を一文として訳し、本来の論理展開や教理命題をそのまま提示することに徹した点である。これは、訳者の以前からのこだわりであったが、今回より一層徹底させたと言える。これにより、信仰告白の構造にラームスの二分法が使われていることを明らかにした。これは画期的な成果である。本文七頁にある分析表は、全体の構造を理解するのにきわめて有益である。
第三は、重要な訳語にルビを振り、原文の英語を明記した点である。これにより、原文のニュアンスを知ることができ、教理と神学のさらなる学びへの糸口とすることもできる。
序文や凡例の中には、訳者による他翻訳に対する学的批判や自身の訳へのこだわりが明確に記され、それもまた訳者の研究者としての誠実さを窺わせる。今回の翻訳は、当時の会議を彷彿とさせ、関わった神学者(牧者)たちの息吹を感じさせる翻訳と言える。そしてそれを、現代の日本人に最も的確に届けるために推敲された配慮に満ちた翻訳でもある。今後我が国においてウ規準は、この翻訳抜きには語れないだろう。訳者の長年の研究と、推敲に推敲を重ねた訳業に、ただただ敬服する次第である。
青木義紀
あおき・よしのり=日本同盟基督教団和泉福音教会牧師、東京基督教大学非常勤講師