人類史上最大のベストセラーである聖書は、ミステリ(謎を扱う物語)としても、並び立つ存在のない最高峰であり続けています。一九九六年に作家デビューした筆者は、これまで三〇年、ミステリの書き手として活動してきました。海外ミステリに話題がよく出てくる聖書に昔から知的好奇心はあったのですが、当時三五歳だった二〇〇九年までは聖書をきちんと読んだことはなく、まさか自分が将来クリスチャンになるとは夢にも思っていませんでした。ですが、絶対に断れない筋からの依頼でキリシタン大名の小説に挑戦することになり、その作品を刊行するまで一〇年近く聖書と日々格闘し続けた末に、クリスチャンになりたいと心から願って二〇二〇年に洗礼を受け、カトリック信徒となりました。
学ぶ過程でキリスト教の信仰の奥深さに惹かれると同時に、人類史の根幹に関わる聖書のミステリに魅了され、その虜になりました。聖書の探究に取り憑かれてしまった、と表現しても決して大げさではありません。現在の筆者は、日本語でも英語でも聖書のいろんなバージョンを何度も通読していますが、聖書のミステリの核心に少しでも迫りたいという渇望は、年とともに薄れるどころか、いまも日ごとに強まり続けています。
今回、聖書のミステリに迫る書籍について、このエッセイをご依頼いただいた際、最初に浮かんだ書籍がいくつかあったのですが、洋書や絶版本は対象外というルールによって候補がかなり狭められ、スタンダードなものを二冊ご紹介することにしました。
『聖書スタディ版 改訂版』
まず一冊目は、『聖書スタディ版 改訂版』(日本聖書協会、二〇一四年)です。解説がついている、いわゆる「スタディ・バイブル」で、本書は日本でもっとも読まれている新共同訳聖書に解説が添えられているものです。二〇一八年に三一年ぶりの全面新訳として聖書協会共同訳が刊行されて以降も多くの日本人に親しまれている新共同訳のスタディ版として、非常に価値が高いです。新共同訳は、カトリックとプロテスタントが長い時間をかけて協力してつくりあげたもので、このスタディ・バイブルの解説も、どちらかのスタンスに偏らずニュートラルな視点に立っています。聖書は、解説なしで読んでも意味がわからない箇所が多いので、この定番訳聖書のスタディ・バイブルは、理解を深めるには最適です。
『聖書 原文校訂による口語訳』
二冊目は、カトリック修道会のひとつフランシスコ会の聖書研究所による『聖書 原文校訂による口語訳』(サンパウロ)です。本書は一九五八年から分冊版で刊行開始され、ようやく一冊にまとまったのは二〇一一年でした。これも詳細な注釈がついている数少ない聖書のひとつで、筆者は、紙の聖書の中では、このフランシスコ会訳をいちばん重宝しています。解説はカトリックの視点ですが、プロテスタントの方であっても参考になるはずの内容が満載です。この本に掲載されている注釈は、英語で書かれた最先端の聖書解説書とも共通部分が多いので、本書を参照することで、現在までにわかっている聖書のミステリはかなり把握できます。
『神探偵イエス・キリストの回想──逆襲のユダ』
もっとも、聖書のミステリは現時点でまったくわかっていないことも多いです。史料の根拠に基づく必要のある聖書研究の限界を超える試みとして、フィクションの形式を利用して筆者が書いたのが、『神探偵イエス・キリストの回想 逆襲のユダ』(星海社、二〇二五年)です。こうした場で自著をご紹介することはあまりないのですが、今回は、ご担当の方が筆者の「神探偵イエス・キリスト」シリーズ二冊を読んで興味を持ってくださったことが本稿を依頼していただいたきっかけですので、聖書のミステリに迫った本のひとつとして、ご紹介いたします。
版元の編集長さんから「イエス・キリストを名探偵としてミステリを書いてください」と依頼されたとき、その途方もないアイディアに最初は正直とまどったのですが、イエス・キリストを探偵役に聖書の舞台を描いたら、ノンクリスチャンの方たちにも聖書への関心を強めていただけるのではないかと期待しました。実際、ノンクリスチャン読者からは「ミステリを楽しみながら、ついでに聖書を学べるのが良い」と、クリスチャン読者からは「わかっているつもりだった聖書箇所の理解が、さらに深まった」といった嬉しいご感想が次々に寄せられて、この企画は間違いではなかったという確信は日増しに強まっているところです。
たとえば、イエス・キリストがパンと魚を増やして大群衆に与える奇跡のことは、クリスチャンなら、だれでも知っています。ですが、よく言われる五千人というのは実は大人の男だけで、現場には女性と子供もいたことが聖書に明記されていて、実際には二万人はいたと考えられています。この数は、当時のガリラヤ湖北部の町や村の人口を合計した以上の数です。通信手段のない時代に、地方の総人口を上回る群衆をどうやって集めたのかが大きな謎ですし、配るだけでも丸一日かかるそれだけの人にどのようにパンと魚を行き渡らせたかというのは、聖書は決して答えてくれない大きな謎です。こうした謎について、あくまでフィクションではありますが、拙著は、ひとつの答えを提示しています。もちろん、その仮説を裏づける史料がいまから見つかる可能性は低いので、あくまでフィクションとして楽しんでいただくためだけの仮説ですが、そうした謎解きが、いままで素通りしていた聖書のさまざまな謎について考えるきっかけになることを期待しています。
筆者はこの「神探偵イエス・キリスト」シリーズの執筆と並行して、聖書のミステリに迫る新たな試みとして、二〇二五年一二月二四日から清涼院流水個人のX(旧ツイッター)を初めて開設し、旧約聖書と新約聖書の印象に残った箇所を日本語と英語で引用し、筆者の解説を添える企画を新たに始めました。かなり迷いましたが、日本語はカトリックとプロテスタント共通の新共同訳や聖書協会共同訳ではなく、本稿でご紹介しているフランシスコ会聖書研究所による『聖書 原文校訂による口語訳』から引用することにしました。理由としては、カトリックの立場で翻訳された聖書であれば、プロテスタントの方たちもお持ちの聖書との比較を楽しんでいただけると思ったからです。また、プロテスタントの聖書に含まれない、いわゆる「旧約聖書続編」の部分にも良いことがたくさん書いてあるので、それを知ってほしい、という気持ちもあります。この聖句は英語ではどんな文章になっているんだろう、と思われた方には、日英を参照してお楽しみいただけます。
まだ始めたばかりですが、この「きょうの旧約聖句」と「きょうの新約聖句」のXポストには多くのノンクリスチャンの方が毎日ポジティヴに反応してくださっており、日本人にキリスト教と聖書の魅力を広めるという筆者のミッションを遂行する上で、これは最重要の活動になる強い予感があります。筆者は自分が天に召される日までこのXポストを続けるつもりです。Xをお使いの方、あるいは、いまお使いでなくてもご興味を持ってくださった方は、ぜひチェックしていただけますと、ありがたいです。
自分の活動を通して、いつも感じるのですが、日本人の多くはキリスト教と聖書に強い関心を持っています。筆者のXポストのように、届け方を工夫することで、キリスト教と聖書に目ざめる方が激増することを筆者は心から信じており、まったく疑っていません。
日本のキリスト教会の黄金時代がこれから始まると、筆者は信じています。

















