もうすぐ春ですね。
別れと出会いの季節、いかがお過ごしでしょうか。今回はマンガ大好き牧師の私から、お勧めの三作品を紹介させていただきます。皆さんと新しい作品との出会いになれば幸甚です。
『ヴィンランド・サガ』(幸村誠、講談社、アフタヌーンコミックス)
最初は絶対これ。『ヴィンランド・サガ』(幸村誠、講談社、アフタヌーンコミックス)です。
舞台はヴァイキングたちが北欧の海を荒らしまわっていた時代。主人公のトルフィンは「戦い、殺し、奪い、戦死すること」を美徳とするヴァイキング(戦士)となることを夢見る少年でした。ところが、彼のお父さんはなぜか戦うことを好まない男なのです。父親に不満を持ちながら育つトルフィン少年でしたが、やがてある出来事から父親がかつて最強の戦士であったことを知るのです。
「本当の戦士には剣など要らぬ」(第2巻二一一頁)
しびれるセリフを残し、しかし家族を守って命を落とした父親の仇を討つことを心に決めて、トルフィンは育ちます。それが終わらない復讐の連鎖の始まりでした……。
好きな人にはもう面白そうと思ってもらえるでしょうが、このマンガの本当の魅力はこれが単なるバトルものや歴史ものではないところです。トルフィンは多くの戦いや出会いをとおして、この連鎖を断ち切るために生きようと変わっていくのです。
「お前がこの先 恨みと怒りに押し潰されそうになったとき……イエス様の言葉を思い出すんだ 人を赦しなさい 赦す心だけがお前を救ってくれる」(第17巻七六─七七頁)
これは作中のとある登場人物のセリフそのままです。言っておきますが、このマンガはまったくキリスト教的な話が中心の内容ではありません。しかし、ストーリーの途上で何の違和感もなく上記のセリフは出てくるのです。これは一体誰が、どんな状況で言ったと思いますか?
ぜひご自分で読んで確かめてみてください。
『ヴィンランド・サガ』は完結間近と作者がSNSで語っています。どんな結末を迎えるのか目が離せません。
『推しの子』(赤坂アカ×横槍メンゴ、集英社、ヤングジャンプコミックス)
二つめは『推しの子』(赤坂アカ×横槍メンゴ、集英社、ヤングジャンプコミックス)です。
YOASOBIの楽曲をはじめ、アニメ化も実写化もされてメディアミックス大盛況中の当作ですが、原作のマンガは昨年末に完結しました。これがまた最後まで飽きさせない展開で面白かった!
こちらの舞台は現代の日本。カリスマ的なアイドルのファンだった男性と少女が、それぞれ命を落とし、転生して、そのアイドルの双子の赤ちゃんとして産まれるところから物語の本題は始まります。
え。何言ってるかわからない?大丈夫、実際にマンガを読んでみると意外とスッと入ってきます。
やがて母親であるそのアイドルは殺されてしまうのですが、その犯人はいったい誰なのか……。転生した二人もやがて芸能界で活躍しながら、真犯人を探していくのです。
そんなわけで物語の軸は転生アイドルミステリーという斬新なスタイルで展開するので目が離せませんが、やはり魅力はそれだけではありません。アイドルとなった主人公二人の活動をとおして、音楽、動画配信、映画、舞台、プロダクションなど、現在の日本の芸能業界の様々な場面を切り取って興味深く描き出しているのです。
たとえば、マンガやアニメの原作をミュージカル舞台化する「2・5次元」と呼ばれるジャンルが近年はかなり根付いてきました。私も初めてマンガがミュージカルになると聞いた時は想像もつかず困惑しましたが、『推しの子』でそういった2・5次元系の舞台が扱われているのを読んで、「そういう世界なのか!」と本当に勉強になりました。
とはいえ、ここまではキリスト教視点とは関わりなさそうにみえるでしょう。しかし、実はこのマンガの中心テーマの一つである「アイドルとは」というところが、文字どおりの「Idol」すなわち「偶像」というものの核心に鋭く斬り込んでくるのです。
私は牧師のかたわらキリスト教系の大学で講師もしているのですが、キリスト教倫理の授業で十戒を扱っています。ちょうどその授業で「あなたはいかなる像も造ってはならない(出エジ4プト記二〇章四節)」をとりあげる日に、通勤中読んでいたのが『推しの子』でした。すると、こんな言葉が作中に出てきたのです。
「奇麗で清楚で純粋で どんな人間も深く愛し裏切らない 誰もが愛せる愛玩動物のような人間 そんな人の醜い欲望を詰め込んだような存在に『偶像』にさせられた」(第14巻115─116頁)
最高の教材ですね。そのままその日のクラスで『推しの子』と上記の言葉を紹介しました。
コロサイの信徒への手紙三章五節には「貪欲は偶像礼拝にほかならない」とあります。偶像の本質は神様ではない何かを神様としてしまうことです。人は自分の欲望を投射する対象として偶像を造り出しますが、その実態はまさに自分自身の貪欲そのものだと言えます。アイドルを「アイドル」とはよく言ったものです。
物語のミステリーの真犯人は確かに存在するのですが、陰の犯人は人の飽くなき欲望か、はたまたそれを操る悪魔の働きなのか……妄想は膨らみます。
『チ。─地球の運動について─』(魚豊、小学館、ビッグコミックス)
さて、最後に紹介したいのは『チ。─地球の運動について─』(魚豊、小学館、ビッグコミックス)です。
副題から推察できるとおり、いわゆる「地動説」を巡る人々の物語を描いています。ところが地動説で有名なコペルニクスやガリレオが主人公というわけではありません。彼らにつながる「こんな研究者たちがもっと前の時代からいたとしたら……」という設定の純粋なフィクションのマンガなのです。
物語は苛烈な弾圧をする異端審問官と、それでも真理をあきらめずに探求する研究者たちの世代を超えた戦いを描いて進んでいきますが、あくまでフィクションなので史実ではまったくありません。ただ、このマンガのすごいところは物語に惹きこむ力がありすぎて、フィクションなのにまるでリアルヒストリーに見えてきちゃうところです。
ちなみにマンガの中で天動説を真理として強制しているのは「C教徒」の人々です。ええ、キリスト教徒とは一言も書いていませんよ。ですが、やはり頭文字で略せばC教徒になる私たちに投げかけているものは多いので、まんまと罠にはまっているような気がして悔しいですが、喜んで紹介したいと思います。
既に作品は全八巻の単行本で完結していますので安心して手を出してください。内容的には「信仰と科学」みたいな基本的なテーマはもちろん、学術研究、政治、経済、哲学といった要素までてんこ盛りです。「もう、作者さんたら欲張りなんだから」と思いますが、それを一人の主人公ではなく、多種多様な考えや立ち位置の登場人物の群像劇という形で描くことで、巧みに成立させているのがまたスゴイのです。
C教徒も信仰に疎い人間の描く、つまらないステレオタイプで扱われてはいません。むしろ登場人物のほとんどが(例外はいますが)C教徒なので、神を信じていることは言うまでもない前提で、その中での細かな違いや個性が描かれているのが秀逸なのです。読んでいて思想的にちょっとイラつかされながら、同時に登場人物の誰かの考えや言葉に思わず共鳴したりする、ひょっとしたらクリスチャンの読者こそ一番楽しめる作品かもしれません。
ちなみに私が一番共感したのは、敵キャラと思ってた異端審問官の一人がメインキャラを助けるために命を懸けるシーンで発した一言です。
「……C教って、なんだと思いますか?僕は生き方だと思います」(第5巻120─121頁)
アーメン。私たちの信仰は世間のイメージする「宗教」ではなく、イエス様と生きる生き方だと私も思います。
あなたの生き方に影響を与える素敵なマンガとの出会いをお祈りします。