▼シリーズ この三冊!
大正期のクリスチャンの様相がわかるこの三冊

 近年、国立国会図書館が公開するデジタルコレクションの利便性が飛躍的に向上している。なにがすごいといって、おおよそ1968年までに出版された図書・雑誌等のうち、約247万点が全文検索できるようになったことだ(2024年3月現在。検索対象は順次拡大予定)。特に戦前の教会史に関心のある人には、まさに宝の山といっていい。このコレクションから、今回は大正期のクリスチャンの様相がわかる資料を紹介しよう。

大正初期の教会員たち

『日本基督教徒名鑑──一名・日本之基督教一覧』
・中外興信所
・1914年刊
国立国会図書館HP

 まずは『日本基督教徒名鑑 一名・日本之基督教一覧』(表題にある「一名」は「別名」の意味)、1914年に編纂された当時の「教会員」の名簿である。当時存在したすべての教会が掲載されているわけではないが、教役者のみならず主要な信徒の名前を一望できる点がとにかく貴重だ。その数、およそ1万7千人。

 日本におけるキリスト教伝播史と現況をまず解説。名鑑の部では各府県別(外地含む)・各教会・各団体・各学校別に名前と住所、職業をあげ、最後にいろは別索引がつく。プロテスタントが中心だが、東京の一部カトリックと正教会、内村鑑三の東京教友会も載っている。
 出版元の中外興信所は、河合篤叙と谷龍平が1913年に設立した合資会社。元牧師の河合は北海道の郵便局長、中国・大連の学校長などを経て上京、「日本ゑにし会」という結婚仲介所も主宰した。もうひとりの谷は日本基督教会(以下日基)・小石川伝道教会員で、日本力行会にも関わり、米国事情に強いビジネスマンである。
 本書の予約募集広告によると、信者同士の「名刺交換」が発行の趣意だったようだ。序文には「連判帳」という語があり、名前を出すのは覚悟の表明、一種の信仰告白との主張が見てとれる。
 予約広告には、賛助者として植村正久、小崎弘道、平岩愃保、元田作之進、すなわち当時のプロテスタント4教派の巨頭が名を連ねている。彼らのお墨付きをもってしても、信徒の名前は容易には集まらなかった。不賛成の声、催促しても集まらない原稿、売れ行きの不透明さ。序に書かれた苦労話には涙をそそられる。
 ところが発売されてみると、本書は好評をもって迎えられた。谷は北米太平洋沿岸諸都市でのビジネス展開を見込んで渡米、多くの購読者と予約者を得る。米国での現地取材をもとに、百以上の教会と9百名近くの在米信徒たちを加えた増補版を1916年に刊行。こちらのデジタル化はされていないが、『日本人物情報大系 第97巻 (宗教編7)』(皓星社・2002)に収録されている。
 こういう職業の人が集っていたのか、あの著名人(その家族)はここの所属だったのかなど、発見は多い。当時は都会でも教住近接(教会と信徒宅が近い)が一般的だったこともわかる。
 この名鑑は2巻しか出ていない。まず所長の河合が興信所を去り、次に谷が再度の渡米中にスペイン風邪で急逝したからだ。その後も刊行が続いていたら、どれほど貴重な史料となっただろうか。残念でならない。

古参信徒のミニ評伝集

『基督者列伝──信仰三十年』
・警醒社書店
・1921年刊
国立国会図書館HP

 次に紹介するのは『基督者列伝 信仰三十年』(警醒社書店)である。1918(大正7)年8月に設立30年を迎えた警醒社は、30年以上の信仰もしくは伝道歴をもつ信徒たちの名前をまず各教会に問い合わせ、約2千5百の名を集めた。そのなかから情報提供に応じた男女を、一部顔写真つきでまとめたのがこの本。対象はプロテスタントのみで、カトリックや正教会は入っていない。

 わたしはこの方々の名前を表計算ソフトに打ち込んで整理したことがあるのだが、そのデータによると収録者は858名。教派別では、組合派362、日基197、メソジスト137、聖公会102名ほか。そして教会別にみると、最も多くの評伝を提供したのが組合派の神戸教会、日基の富士見町教会、以下組合派の京都、大阪、平安、安中教会と続く。
 編纂の実務(材料収集、原稿作成、校正)に当たったのは、東京の本郷組合教会員で、当時月刊誌『開拓者』の編集発行人だった有富虎之助である。彼は海老名弾正主筆の『新人』編集部時代、「教界人国記」という府県別のクリスチャン紹介記事を断続的に連載していた。その取材力と人脈が大いに発揮されたのが本書だといえる。
 今日の信徒に読み物として利益を与えるにとどまらず、後日キリスト教史を編む者にとっても有益な、貴重な史実を蔵する書。有富はそう自賛している。たしかに本書を参考文献にあげた書籍や論文は数多い。他の事典では得られない情報が見つかって、助けられた経験がわたしにもある。
 有富は本書をもとに「回心の動機に対する考察」「回心年齢に関する考究」という記事を残した(『開拓者』1922年1月号&5月号)。初代信者はどんなきっかけから何歳くらいで入信する人が多いのか? 国会図書館のデジタルコレクションからお読みあれ。

戦前の基督教年鑑

『基督教年鑑──大正5年』
・日本基督教会同盟
・1916年刊
国立国会図書館HP

本文中、以下の大正15年版を取り上げていますが、この版は利用者登録をしていないと開くことができません。大正5年版のほうは登録なしで読めます。

『基督教年鑑──大正15年』
・日本基督教会連盟
・1925年刊
国立国会図書館HP

 3冊目は『基督教年鑑』。この表題の年鑑がはじめて世に出たのは1916年(大正5年版)である。1913~15年編纂の『教会便覧』(これもネットで読める)の流れを汲むもので、発行母体は、日本基督教会同盟(大正15年版からは後継の日本基督教連盟)。この同盟に加入している組織、すなわちプロテスタントの情報を中心に、1941年(昭和16年版)まで刊行された。なお戦後の同名年鑑はキリスト新聞社(1946年設立)の発行で、ダイレクトな関係はない。
 同時代の教会人が認識するキリスト教会の過去と現在を知るには、必読の書である。歴史の概論から始まって主要教団組織・団体等の沿革、教会・教役者・宣教師・諸団体リスト、最後に年表。大正7年版からは外国人宣教師のリストや統計も加わった。とはいえ、府県別の教会リストや年表が消えた年もあるので、利便性には版毎に濃淡がある。

 現在読める21年分のなかで特定の1冊を紹介するとしたら、発行元が「同盟」から「連盟」となった大正15年版(1925)をあげたい。前号から3年ぶりに出たこの版から、天主公教会と日本ハリストス正教会の教会所在地・教役者名が載るようになったからだ。「基督教」と銘打った年鑑にようやくカトリックと正教会の情報が加わり、連盟の設立目的のひとつ「日本に於ける基督教諸団体の親和協働」が一歩進んだわけである。ただし無教会の集会所リストは見当たらない(ちなみに、それが載るのは戦後の年鑑1958年版以降)。
 ハワイが中心だった在米日本人教会のリストに北米大陸が追加され、「フース、フー(Whoʼs Who)」なる教役者や教師の略伝が登場するのもこの年からだ(掲載順位がABC+年齢順というのがユニーク)。外国人宣教師の来歴も簡単に参照できるのはありがたい。
 とりわけ興味深いのは「基督者海軍士官名簿」だ。瓜生外吉海軍大将はもちろん、池澤夏樹が小説『また会う日まで』(朝日新聞社出版・2023)に描いた秋吉利雄大尉の名前も見出すことができる。
 それにしても、都会の大教会の信徒数には驚くほかない。大正5年版によると、日基の富士見町と海岸教会、組合派の神戸と本郷教会は千人を超えている。そのような時代が確かにあったのだ。個々の教会データは組織毎の年鑑や便覧がいちばん詳しいはずだが、教派を縦断して数字を確認できる年鑑の利便性は大きいとあらためて思う。
 最後に。以上の三冊では手薄となっているカトリックと正教会の情報は、定期刊行物の『声』および『正教時報』から得ることができる。国会図書館が開いてくれた過去への扉をくぐって、先人の証しに触れてみてほしい。

【注】タイトル脇に*印のある本をご自身の端末から閲覧するには、国立国会図書館(https://www.ndl.go.jp/)への利用者登録が必要です(無料)

書き手
八木谷涼子

やぎたに・りょうこ:著述家

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