▼シリーズ この三冊!
階級闘争を理解するためのこの三冊!

『破流 永山則夫小説集成1』/『捨て子ごっこ 永山則夫小説集成2』



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『破流 永山則夫小説集成1』/『捨て子ごっこ 永山則夫小説集成2』
・永山則夫:著
・共和国
・2023年10月刊
・A5変形判400頁/480頁
・3,740円/3,960円

 二〇二三年八月半ばに小説家の早助ようこと永山則夫をめぐって対談をした。対談に向けて永山の文章を初めて読んだ。「きら星のような自伝小説群」と早助が呼ぶ作品を一気読みしてから、永山の分身である「N少年」が網走から青森そして東京へと流浪するなかで直面する幾多の日常的試練を生々しく追体験し、彼が稀代のプロレタリア作家であると確信した。
 極貧の母子家庭で「捨て子」同然の生活を強いられた永山は、自らの労働力を売ることでしか生存できない文字通りの「無産階級」だった。新聞配達、フルーツパーラーや米屋の従業員、日雇い労働などの職を転々とし、組合活動や労働運動に関わらず、その日暮らしの生活で浮上する些細な出来事で一喜一憂したりするNを、マルクスのいう「即自的階級」と呼んでもいい。彼の階級闘争は、逃げるか、万引きするかという二つの手段だけに終始する。
 永山のプロレタリア小説が優れている理由は、例えば、リトアニア系労働者が働くシカゴの精肉工場の酷い状態を暴いたアプトン・シンクレアの名作『ジャングル』みたいに労働の悲惨を訴えたり社会主義の必要性を説いたりせず、永山自身の個人的経験の実存に徹するからだ。神や革命の恩寵が一切保証されない現実を、その強いられた限界の中で生き延びようともがき続け、救いの道を見つけたとたんに再び転落するという物語の反復構造そのものに、そうした実存意識が滲み出ている。要は、説教くさくないのだ。理想的な社会像や安易な倫理観を永山の自伝小説はことごとく拒否する。

『イングランド労働者階級の形成』


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『イングランド労働者階級の形成』
・E・P・トムスン:著
・市橋秀夫、芳賀健一:訳
・青弓社
・2003年刊
・A5判1360頁
・22,000 円

 労働者階級の歴史を労働者自身の視点からダイナミックに綴ったエドワード・パーマー・トムスンの名著『イングランド労働者階級の形成』(以下、『形成』)は、永山のように切羽詰まった状態で即自的に生きざるをえない労働者のリアルを肯定的に読み取る方法論を打ち出している。「われわれは、道学者流の立場からではなく(「キリストの貧しき者たち」は、いつも立派というわけではなかった)、ブレヒト流の価値観、つまり民衆の宿命論や、イングランド国教会のお説教をものともしない皮肉や、自己保身の強さなどを見抜く目をもって資料にあたるべきである」とトムスンは述べる。この「悪魔の光に照らして逆さに」文献を読む反律法主義的解読法は、単に労働者の原像をつかむ方法ではない。
 例えば、職人詩人ウィリアム・ブレイクが紡ぎ出した資本主義と帝国に対するラディカルなイデオロギー批判に、反律法主義の語法と隠喩が活用されていることにトムスンは着目する。労働者が主人に従順に従い、国のために戦争に行くのが神の御心であるという支配者に都合のいいイデオロギーがはびこる社会では、「悪魔の光」のなかで物事を理解し生きてこそ、真理に近づく最善の方法だとブレイクは考えた。一七世紀のイギリス革命から一八世末までの一五〇年間、反律法主義の思想や態度は大衆文化の地下水脈で流れ続け、産業資本主義の黎明期に労働者が誰にも頼らず、自らの力と伝統を持って階級としてのアイデンティティを確立するうえで役に立った。

『日没から夜明けまで─アメリカ黒人奴隷制の社会史』


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『日没から夜明けまで─アメリカ黒人奴隷制の社会史』
・G・P・ローウィック:著
・西川 進:訳
・刀水書房
・1986年刊
・四六判299頁
・2,640 円

 「『資本論』以降のマルクス主義研究書のなかでトムスンの『イングランド労働者階級の形成』よりも優れたものはない。本書は、労働者階級自身による行動とその革命的創造力の重要性を近代史の中心的ドラマとして再設定している」。永山が東京で集団就職し、スラムに住む貧しい黒人の大衆がロサンゼルスのワッツで蜂起していた一九六五年にアメリカ奴隷史研究者ジョージ・ローウィックが書いた書評の一文である。ローウィックはブルックリン出身のユダヤ系白人だったが、公民権運動がブラックパワーに移行するこの転換期に黒人労働者との連帯を保ち続け、トリニダードで生まれ育った黒人革命家C・L・R・ジェームズを通じて、ストークリー・カーマイケル、エメ・セザール、ジョージ・ラミングといった黒人の活動家や知識人と交流した。そうした運動の熱気に深く感化されたローウィックは、奴隷自身による「行動とその革命的創造力の重要性を近代史の中心的ドラマとして再設定」する偉業を成し遂げる。それが全四一巻に及ぶ元奴隷の聞き取りをまとめた『アメリカの奴隷─複合的自伝』(The American Slave: A Composite Autobiography)であり、その解説である第一巻の『日没から夜明けまで』(以下、『日没』)だ。じっさい、この大規模な社会史のプロジェクトのきっかけは、六四年にアメリカの歴史について話した際にジェームズに聞かれた「奴隷たちは奴隷制に対してどう考えたのか」という問いだった。イギリスの労働者同様、アメリカの奴隷たちも自らの手で宗教を作り変えて、闘争手段にしたことをローウィックは発見する。「奴隷制に対する日常的抵抗、重要な奴隷のストライキ、「地下鉄道」、自己の卓越した社会を確立しようとする奴隷主たちの力を絶えず消耗させる闘争は、すべて奴隷の宗教、被抑圧者の宗教、現世で救われない者の宗教から生まれたのである。」

 世界史上初めて成功した黒人奴隷革命を近代プロレタリアの歴史(『ブラック・ジャコバン─トゥサン=ルヴェルチュールとハイチ革命』)として書いたジェームズがトムスンに初めて会った場に、ローウィックは居合わせている。永山が初の自伝小説「木橋」を上梓する二年前の一九八一年にトムスンの弟子である社会史家ピーター・ラインボーは、「もしC・L・R・ジェームズがE・P・トムスンに一七九二年に出会っていたら」というエッセイを発表した。イギリスの労働者階級による最初の組織「ロンドン通信協会」がトーマス・ハーディーたちによって一七九二年に立ち上げられる場面の描写で『形成』は始まる。ハーディーが元奴隷の船乗りオラウダ・イクイアーノと親交があり、二人はおそらく政治的に協力し合っていたという奴隷史家ジェームズ・ウォルヴィンの話を、ローウィックが主催したミズーリ大学のゼミで聞いたとラインボーはこのエッセイで回想している。イクイアーノとハーディーの出会いは、イギリス労働者の自己活動を解明したトムスンとカリブの黒人奴隷の自己活動を解明したジェームズの見識を結合し、新しい大西洋民衆史の構想を具体化する重要な事例になる。
 大西洋をまたぐ労働者階級のこの壮大な歴史はラインボーと共著者マーカス・レディカーによって、一九年後の二〇〇〇年に『多頭のヒドラ』としてようやく活字化される。九四年にネオリベ資本主義に対して鬨の声を上げた先住民のサパティスタ闘争の支援をしていた経済学者ハリー・クリーヴァーの授業で『形成』や『日没』を紹介された大学生のわたしは、やがてラインボーに師事するためにアメリカ中西部に引っ越し、『多頭のヒドラ』の草稿を読んで、歴史を底辺から書く行為が歴史を作る階級闘争と不可分だということを学んだ。そして、こうした闘争の「狭き門」を通してしか、聖書や神学の言葉が本当の意味で血肉化されないことも。
 今でこそ、『形成』は歴史学の古典として広く参照され、その著者も世界的な反核活動家として記念されているが、出版当時は風当たりが強く、トムスンは転向を拒む元共産党員の新左翼知識人として白眼視されていた。まっさきに『形成』を高く評価したのは、東側諸国の国家社会主義にも西側諸国の資本主義にも与しない、永山と同世代の若い活動家たちだった。「『形成』には運動の読み方と学術的な読み方がある」と指摘したラインボーはその一人だ。学問の権威あるいは歴史の偉人としてではなく、誰でも自由に平等に参加できる労働者のラディカルな民主主義の系譜に連なる人物としてトムスンやローウィックやジェームズに「運動の読み方」を介して出会えたのは幸いだった。それができたのは運動経験の洗礼を受け、「狭き門」に続く「細い道」を歩み続け、「運動の読み方」を継承してきたすばらしい同伴者たちのおかげだ。正しい言動を独善的に振りかざし反対意見を排除する体制とその御用マスコミからキャンセルカルチャーにいたる現在の社会状況もまた、反律法主義的批判とその源泉である制限なき階級闘争による破壊を必要としている。
 エルサレム神殿も破壊され、ローマ帝国も滅亡した。わたしたちの番はいつ来るのか。

書き手
マニュエル・ヤン

まにゅえる・やん=日本女子大学教員

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