【特集】かくれキリシタンについて考えるなら、▼この三冊!(高崎 恵)

 数年前、キリシタン関連報道が一般メディアを賑わした時期があった。世界文化遺産に推薦された「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が、翌二〇一六年に取り下げを余儀なくされ、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」と装いを改めて二〇一八年に登録を果たした頃のことである。その間に、遠藤周作原作のハリウッド映画『沈黙』が世界に配信され、キリシタン大名高山右近が殉教者として列福されている。二〇一九年に訪日したローマ教皇フランシスコは、キリシタン時代の殉教者を表敬し、ミサにかくれキリシタンを招いている。
 キリシタンは、近世初頭の日本におけるカトリックの流れをくむ宗教やその信徒を指す言葉である。江戸期の禁教下でキリシタンであり続けた人々を「潜伏キリシタン」、明治期の禁教解禁以降も教会に復帰せず、潜伏期のあり方を踏襲した人々を「カクレ/かくれ/隠れキリシタン」(以下「かくれ」、書籍紹介の部分では著者の表記に従う)とする用語も定着しつつある。
 キリシタンは一六世紀中期から現在に至る歴史的実在で、教科書や歴史書、小説や映画やドラマ、漫画やアニメやゲームなど、各種媒体で日本人には既知の存在である。しかし、イメージと現実の間には大きな溝がある。
 今回は、宗教学、民俗学、歴史学の立場からキリシタンの具体像に迫る三書をご紹介したい。いずれもステレオタイプを打破し、キリシタンとは、キリスト教とは、宗教とは何かという根本的な認識の枠組みを問い直し、「かくれ」という他者を理解するヒントを与えてくれている。歴史的実在としてのキリシタンは、一回的かつ絶対的だが、同時代の文脈の中で概念化されていく柔軟で多様な可能性に満ちた存在でもある。「歴史は過去と現在との関係であり、未来に向けて開かれている」とは歴史学者ユルゲン・コッカの言葉だが、キリシタンに対する問いが現代的状況のなかから生まれてくることを、三書は伝えてくれている。

宮崎賢太郎『カクレキリシタンの実像 ─日本人のキリスト教理解と受容』


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『カクレキリシタンの実像
日本人のキリスト教理解と受容』

・宮崎賢太郎:著
・吉川弘文館
・2014年刊
・四六判248頁
・2,530円

 本書の第Ⅰ部と第Ⅱ部では、キリシタンの歴史と「カクレ」の現実がわかりやすく解説されている。「カクレ」に関する基本的な情報を得るには格好の一書である。
 著者宮崎の原点には、「カクレ」の「実態」と「世間の認識」のズレを正すという使命感がある。弾圧を耐え忍び、仏教や神道を隠れ蓑として信仰を守り通したという定番の説明から想像されるような隠れ方はしていないし、その信仰の内実と、現代人が抱くキリスト教イメージには隔たりがある。近代西洋的なキリスト教観を前提にしていては、「カクレ」の何たるかは見えてこない。
 宮崎が提示するのは、キリスト教的な要素を手放して日本的民俗宗教に変容した「カクレ」の姿であり、「カクレ」は「隠れてもいなければキリシタンでもない」という言明である。これは一九九六年刊行の『カクレキリシタンの信仰世界』以来一貫している。
 父母ともに潜伏キリシタンの流れをくむカトリック家庭に生まれた宮崎が、その持論を形成した調査研究は、一九七〇年代後半から九〇年代を核とする。当時「カクレ」の組織は、後継者難による解散が続いていた。執筆者(高崎)が当時行った調査でも、解散に至る葛藤の中で「カクレ」の現実と一般的なキリスト教像との乖離は露わになった。期待されるキリシタン像とは異なる存在であることを擁護する宮崎の視点は、一般社会の認識と「カクレ」の実像の齟齬に取り組んだ先駆けであり、当時の「カクレ」に寄り添う視点の反映と言えるかもしれない。
 キリシタン「らしさ」との断絶こそ「カクレ」の本質と謳う逆転の発想は、二〇世紀末という時代に「カクレ」を意味あるものとして位置づけようとする試みの結実と言えるのかもしれない。

中園成生『かくれキリシタンの起源―信仰と信者の実相』


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『かくれキリシタンの起源 信仰と信者の実相』
・中園成生:著
・弦書房
・2018年刊
・A5判504頁
・4,400円

 中園の出発点も、ステレオタイプを払拭した「かくれ」の実相に対する関心にあるが、その主張は宮崎とは対照的だった。「かくれ」を禁教期の宣教師不在によって変容した姿と見る宮崎に対し、中園は近世初頭のカトリックとの連続性に注目する。
 「かくれ」とキリシタンやキリスト教との非連続は、民間信仰との習合や、現世利益など土俗的・呪術的側面や、教義に対する無知を根拠に主張される。しかし中園は、「かくれ」は仏教や神道など複数の信仰が並存する「多信仰」であるとして、その内の「かくれ」の部分とキリシタンとの連続性を明らかにした。加えて、非連続の論拠とされる先述の項目は、一六~一七世紀の日本やヨーロッパのキリシタン/カトリック一般信者にも見られる特徴で、変容にはあたらないことも指摘する。キリシタンとの連続性を保った「かくれ」信仰の形成過程の解明が本書の核となっている。
 本書は世界遺産登録目前の二〇一八年三月に刊行された。近代初期の教会群に焦点をおいた推薦を、世界に類を見ない長期の組織的禁教に特化した迫害→潜伏→潜伏の終焉というストーリーに転換しての再推薦で実現した登録である。キリスト教世界への復帰によってキリシタンの歴史が終焉するこのストーリーに、近代以降を生きた「かくれ」の居場所はない。近世初期のキリシタンと「かくれ」の連続性に対する中園の注目は、登録活動の方針転換よりも大分先んずるが、「かくれ」とキリシタンの連続性への注目の背景には、個別の文化をグローバルな文脈に位置づけていこうとする、時代の潮流がありそうだ。
 第四章は、「かくれ」存続を可能にした活力として経済活動に注目し、辺境の貧しい民という「かくれ」のイメージへの反証としている。半島や島を辺境とみなす現代人の感性に異論を唱える意欲的な論考だ。また、最終章では、今回ご紹介する三書が共に疑義を呈する「一般的な」キリシタン・イメージが要領よく整理されている。
 多角的視点からの「かくれ」理解をお求めの方々に、ご一読をお奨めしたい。

大橋幸泰『潜伏キリシタン─江戸時代の禁教政策と民衆』


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『潜伏キリシタン 江戸時代の禁教政策と民衆』
・大橋幸泰:著
・講談社学術文庫
・2019年刊
・A6判264頁
・1,155円

 本書は「隠れ」ではなく潜伏キリシタンを扱っている。しかし、キリスト教はこうでなければ/こうであるはずという思い込みから脱却して潜伏キリシタンの姿に近づく方法論と手続きは、「隠れ」を考える上で有益な導きとなるだろう。
 大橋も現代人の枠組で過去の宗教を評定する傾向に警鐘を鳴らしている。無意識の前提となっている自分の認識枠組を批判的にとらえなおし、潜伏キリシタンの営為を正確にとらえる方法として、次の三点が挙げられている。
 第一は、キリシタンに対する同時代の認識への注目である。宮崎や中園と共通する問題設定だが、大橋は、「伴天連門徒」「切支丹」「異宗」「異法」などの呼称と用法の検討から、キリシタンに対する同時代の認識や社会的布置のみならず、国家・社会のあり方を読み解いている。
 第二は、潜伏キリシタンを単体ではなく、他のカテゴリーを俯瞰しながら横断的に分析する視点である。具体的には、隠し念仏や流行神など、世俗秩序を脅かす異端的宗教活動を検討し、江戸期のキリシタン統制の変化を明らかにしている。前掲二書にはない視点だが、たとえば観光資源や文化コンテンツ等との横断的分析によって、「隠れ」から現代社会を逆照射する可能性を感じさせてくれる。
 第三は、宗教という属性のみを切り取った一面的な理解を離れ、性別、身分、生業、村組織など、複数の属性をあわせもつ人間として潜伏キリシタンを見る多面的理解である。この視点は中園にも明確だが、大橋の射程はキリシタン理解にとどまらず、全体社会の正邪認識や、世俗秩序まで広がっている。
 歴史学ならではの魅力的な方法論や刺激的な問題意識を伝授され、「隠れ」という他者理解の手ほどきを受けている心地にさせてもらえる一書である。

書き手
高崎恵

たかさき・めぐみ=国際基督教大学アジア文化研究所研究員

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