『本のひろば』は、毎月、キリスト教新刊書の批評と紹介を掲載しております。
本購入の参考としてください。
2015年4月号
出会い・本・人
基督教教育学者コメニウス(吉岡良昌)
本・批評と紹介
- 『ルターの言葉』 W.シュパルン編、教文館―(石居基夫)
- 『フリードリッヒ・ユストゥス・ペーレルス』
雨宮栄一著、新教出版社―(南吉衛) - 『エッサイの木』
ジェラルディン・マコックラン著、日本キリスト教団出版局―(望月麻生) - 『新約聖書神学Ⅱ上』
フェルディナント・ハーン著、日本キリスト教団出版局―(木原桂二) - 『聖書と子どもたち』 田中司ほか著、聖公会出版―(田中かおる)
- 『カルヴァンとカルヴィニズム』
日本カルヴィニスト協会編、一麦出版社―(出村彰) - 『カールバルト=滝沢克己往復書簡』
寺園喜基訳、新教出版社―(福嶋揚)
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編集室から
自団体の書籍で恐縮だが、過去の出版物を参考にしながら仕事をしていたときのこと、担当した「(ノアの)箱舟の大きさを想像しよう」というページがでてきた。舟の図に数字を書き込むだけのつもりが、もっとわかりやすい表現ができないものかと、考えを巡らせたことが思い出される。
誰もが知り、大きさを思い浮かべることができるものと相当させたかった。それで、探してやっと見つけたものが東大寺盧舎那仏像、別称、奈良の大仏だった。箱舟も大仏もおよそのサイズ表示なので多少の誤差は許していただきたいのだが、坐像の高さが近かったので、平面積を計算すると約20体分になった。
しかし、図に表そうとイラストに取りかかり始め、大仏の頭のパンチパーマならぬ螺髪を描こうとしたとき、違和感に気づいて中断した。
果たして箱舟の隣に大仏20体並べることは、キリスト教徒を対象とした読者に受け入れてもらえるのだろうか。
十二神将・伐折羅が切手になっているが、私が存じあげる牧師先生は使いたくないし触りたくもないそうだ。そんなことを思い出すと、ますます自信喪失に陥ってしまう。
あきらめて他を探してみたものの、適当なものが見つからず結局もとの表現にもどってしまった。
個を見極めて用いることができれば、不謹慎が良い効果をもたらすと聞いたことがある。適切な例えでないかもしれないが、作曲家が不協和音をあえて混ぜることで、音楽全体が良くなる場合があるといっていたことも信憑性を感じる。
箱舟と大仏の組み合わせは異色でインパクトがある。しかし不快に思う人もいる。私は、以前よりリアルに箱舟を想像できるようになった。広そうだが全種類の動物各二匹と暮らすのは厳しいと思ったりもした。
掲載をあきらめたことが正しかったのか、今でもわからない。それでも、探究心は大切にしたい。 (吉崎)