飯 謙ほか著 聖書協会共同訳 詩編をよむために(荒瀬牧彦)

新しい目をもって詩編を味わう
〈評者〉荒瀬牧彦

聖書協会共同訳 詩編をよむために
飯 謙、春日いづみ、石川 立、石田 学、西脇 純著
A5判・160頁・定価1210円・日本聖書協会
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 これはあなどれない本です。『詩編をよむために』というシンプルな題と、竪琴や動植物のイラストがあしらわれた美しい表紙から受けた印象は、軽いエッセイ集か簡単なガイドブックだろうというものでした。しかし読み応えのある中身にそんな予想をひっくり返されました。『聖書 聖書協会共同訳』に原語担当や日本語担当の編集委員、翻訳者として、また検討委員として関わった五人の方々が、それぞれの専門の見地から詩編を語る本書の内容は、さっと読んでぱっとわかる軽いものではありません。今流行りのオンライン講座でこの内容を受講するなら、本書の価格の五倍は払う価値があるでしょう。
 第一章は飯謙氏による「詩編の基礎知識」です。書名と構成に関する簡単な説明の後、並行法や交差配列といった文学的技法の入門的な解説がなされます。近年の詩編研究では「詩編をかなり明確な意図をもった編集体とする理解」が進んでいるとのこと。一五編から二四編は一九編を中心とするシンメトリーの集中構造を形成しているという解説には、隠された謎が解かれていく興奮を覚えました。
 第二章では、日本語担当として主に旧約の詩文に携わった歌人の春日いづみ氏が、「礼拝での朗読にふさわしい」ものとするために何に心を砕いたかを実例と共に明かしています。九七編七節が「次に語られる主の声がより響くように」新共同訳と大きく異なる訳文となったとの説明や、言葉のイメージを湧き上がらせることを考えて仮名と漢字を使い分けていること、八三編がカ行音を響かせることでリズムを作っていることなどを知り、朗読すると一層よく感じられるこの訳の魅力がわかりました。
 第三章は石川立氏による一二六編、一三七編、そして一編の読み解きです。どれも、今までの自分の読みがいかに浅かったかを痛感させられる深い学びです。一編には、単純な〈正しき者は栄え悪しき者は滅ぶ〉応報論とは「逆の現実があった」のであり、「正しき者」とは貧しさや虐げや病を負う「ダイバーシティの状況に置かれた」人々である。この詩はその人々への「渾身の励ましの言葉であり、弱者としての立場を固持しようとする宣言」である、という解釈に胸が熱くなる感動を覚えました。
 第四章では石田学氏が、なぜ悲しみや嘆きや報復の詩が詩編にあるのかを論じています。礼拝の場で読むのが憚られるような激しい言葉をどう考えればよいのか。深い悲しみ嘆きや報復への願いこそは、人が最も神を必要とする時であって、それを信仰から切り離し、信仰の詩から取り除くなら、信仰が全存在的なものでなくなる。怒りを隠してしまうことは、神に対しても自分の魂に対しても正直でなくなるという主張は非常に説得的です。
 第五章は西脇純氏が「詩編を日本語で歌う」という容易ではない課題についてカトリック教会の『典礼聖歌』によって説明しています。歌唱法の解説は不勉強の私には少し難しいものでしたが、作曲家髙田三郎氏がソレーム唱法に出会ったのは「摂理的」であったということはよくわかり、詩編を歌うことへの関心を深められました。
 今まで何千回、何万回と詩編を読んできた方も、本書によってまた新しい目をもって詩編を味わってください。

書き手
荒瀬牧彦

あらせ・まきひこ=日本聖書神学校教授、カンバーランド長老キリスト教会牧師

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