宗教と理性をめぐる対話 信仰と懐疑のはざまにて

対話形式によるヒック思想入門
〈評者〉若林裕

 宗教に興味ある人はもちろん、その問題性を感じる人、信仰に疑問を抱く人、あるいは自然科学と宗教の立場を比較したい人などに、お勧めしたいのが本書です。
 著者ジョン・ヒック(1922─2012)は宗教多元主義の提唱者で、20世紀の英国を代表する高名な宗教哲学者・神学者です。本書は「宗教に懐疑的な一般人」向けに著され、宗教と科学に関わる問題の論点を整理し、宗教の立場を読者が容易に把握できるよう、宗教に懐疑的な科学主義者と、ヒック自身との忌憚ない論議という対話形式で展開されます。2010年に出た原著は頁数180頁程で、大部の著作ではありませんが、英語圏を中心に20世紀の宗教界、哲学界に影響を及ぼした、著者の宗教思想全体も概観できる最晩年の一書です。その意味では「ヒック思想入門書」としても役立つと思います。
 本書は15の章によって構成されていますが、内容的には大きく分けて「神(超越者)の理解」、「宗教体験」、「宗教多元主義」、「宇宙的楽観論」を中心的なテーマとして捉えることができるでしょう。
 最初にヒックは、超自然的なものを否定し、物質存在などに基盤を据える自然主義(科学主義)と宗教信仰との相違を明確にします(一章)。次に伝統的なキリスト教の神理解の批判(二章)と共に、「神」の実在を否定する非実在論に立つ、現代的な神理解の問題も指摘します(四章)。彼のいう「神(超越者)」は、エビデンスの類推から導き出されるのではなく、あくまでも宗教体験に基づく高次の
実在なのです(六章)。また脳科学などが主張する心脳同一論等に即し、宗教体験を脳内事象としてのみ解明するといったことにも、彼は深刻な疑義を呈します(八、九章)。
 さて宗教多元主義は、それぞれの宗教の実在に関わる真摯な宗教体験を、均しく究極的実在への応答として捉えるものです。( 七章)。また宇宙的楽観論(Cosmic Optimism)が意味するのは、この世で私たちが厳しい現実の中にあっても、実在を信じて生きる限り、必ずや良き方向
へと導かれるとの確信を得ることなのです(一五章)。よって、現世はあくまでも「人間形成の場」であり(一三章)、私たちの生は、今生だけでは終わらないものとされます(一四章)。
 なお宇宙的楽観論に関わり、ヒックは、永遠の仏性、輪廻転生、涅槃といった事柄などにも言及しており、彼の仏教に対する深い共感も、そこに読み取れます(一五章)。また宗教とは、この世の文化現象に止まらず、私たちにさらなる生への希望を与えるものではないかと、知らされます。
 翻訳は、日本におけるジョン・ヒック研究の第一人者、間瀬啓允氏の監訳。巻末の「監訳者あとがき」には「心の平和/魂の平和の実現に向けて」終生尽くしたヒック、さらに彼の著作が遠藤周作へ与えた影響も、簡潔に紹介されています。訳業はヒック研究に携わっている慶應宗教研究会の皆さんとの「協働」の由。平易な翻訳に感謝します。

宗教と理性をめぐる対話
信仰と懐疑のはざまにて

ジョン・ヒック著
間瀬啓允監訳
四六判・246頁・定価2750円・教文館
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書き手
若林裕

わかばやし・ひろし=牧師・同志社大学嘱託講師

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